立ち読みコーナー
目次
488ページ
登場人物紹介
キャメロン・リンド                イリノイ州地方検事局の検事補
ジャック・パラス                 FBI特別捜査官
サイラス・ブリッグズ               キャメロンの上司。イリノイ州の連邦検事
ビル・ホッジズ                  上院議員
コリン・マッキャン                キャメロンの親友。スポーツライター
エイミー                     キャメロンの親友
マンディ・ロバーズ                コールガール
グラント・ロンバード               ホッジズのボディガード
ウィルキンズ                   ジャックの相棒
ロベルト・アルティーノ              犯罪王
ジョー・ダブス                  ジャックの元相棒
デイヴィス                    ジャックの上司
アレックス・ドリコール              ホッジズのチーフスタッフ
テッド・スロンスキー               シカゴ市警の刑事
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 キャメロンは、FBI特別捜査官のジャック・パラスが若い警官に目をやるのを用心深く見守った。
「ありがとう、ここはわたしが引き継ぐ」ジャックが言った。
 警官はそそくさと持ち場を去り、キャメロンは部屋でジャックとふたりきりになった。彼の視線は石のように冷たかった。
「厄介な立場に自らを追いやったみたいだな」
 キャメロンは背筋を伸ばした。三年が経つというのに、ジャックを見ると相変わらず即座に身構えてしまう。「どういうこと? あなたのおかげで、自分がどんな立場に置かれているのかわからないんだけど」彼女は間を置いた。何が起こっているにしろ、自分が関与させてもらえないことに腹を立てていた。「隣の部屋の女性に何が起こったの?」
「彼女は亡くなった」
 キャメロンは小さくうなずいた。シカゴ市警の刑事が絡んでいるので予想はついていたものの、はっきり死んだと知らされるとやはりショックだ。部屋から出たいという抑えがたい衝動に駆られたが、ジャックの前ではどんな反応も見せまいと努めた。
「気の毒に」彼女はささやいた。
 ジャックがデスクの前の椅子を示す。「座ったらどうだ? いくつか訊きたいことがある」
「パラス捜査官、わたしを尋問するつもり?」
「ミズ・リンド、協力しないつもりか?」
 キャメロンはうつろな表情で笑った。「あら、威圧しようとしているの?」
 ジャックの視線は動じず、冷たいままだ。キャメロンは口をつぐみ、銃を持っているうえに、彼女にキャリアを台なしにされかけたことを根に持っている男を挑発するときは用心しなければならないと自らに言い聞かせた。
 キャメロンは三年前、マルティーノの事件を話しあうためにジャックと初めて顔を合わせた日のことを思いだした。ジャックと仕事をしたことはなかった。当時、キャメロンはまだ検察官になって一年しか経っておらず、ジャックはそのあいだずっと潜入捜査官として任務についていたからだ。この地区で注目の的だったマルティーノの捜査を上司から任されたとき、キャメロンは驚いたが、意欲に燃えた。ロブ・マーティンことロベルト・マルティーノは、シカゴで最大の犯罪組織のひとつを率いるボスで、FBIと連邦検事局のあいだでは有名だった。問題は、組織の犯罪を立証する充分な証拠をずっと収集できずにいたことだった。
 まさしくその理由から、ジャック・パラス特別捜査官と仕事をすることになったのだ。顔合わせの前にキャメロンが上司から聞いたところによると、ジャックはマルティーノの組織に二年間潜入していたものの、正体がばれ、FBIは彼を脱出させるしかなかったらしい。ジャックは倉庫でマルティーノの十人の手下に追いつめられ、ひとりで戦って銃撃を受けたそうだが、上司はそれ以上の詳しい話はしなかった。しかしキャメロンがもうひとつ知ったことがある。FBIの救出が入るまでに、ジャックは孤軍奮闘してマルティーノの手下を八人も殺したという。
 ジャックが相棒を連れてキャメロンのオフィスに初めて来たとき、彼は強列な印象を与えた。ジャックと会う人のほとんどが似た反応をするだろうとキャメロンは思った。獲物を射るような焦げ茶色の目、黒髪、濃い無精髭(ひげ)……女性が(それに男性も)裏通りですれ違うときは、避けるべきタイプの男だ。ジャックは右腕にギプスをつけていた。マルティーノの手下にやられたときの傷だろう。彼は捜査官が着用するはずの標準スーツとネクタイではなく、濃紺のTシャツとジーンズを身につけていた。その風貌から、FBIがジャックに潜入捜査の仕事を割りあてたのも不思議はないとキャメロンは思った。
 あれから三年経った今、キャメロンはジャックを目の前にして、急にホテルの部屋が狭すぎるように感じた。今日は標準スーツとネクタイを着用しているにもかかわらず、ふつふつと怒りに燃える目をしたジャックは相変わらず危険な香りがする。
「弁護士に相談させて」キャメロンは言った。
「きみも弁護士資格を持ってるじゃないか。そもそも容疑者じゃないから、弁護士を呼ぶ権利はない」ジャックが言った。
「容疑者じゃないなら、なんなの?」
「参考人だ」
 ふざけた言い草だ。「言っておくけど、わたしは疲れているし、駆け引きをする気分じゃないの。何が起こっているか話すつもりがないなら出ていくわ」
 ジャックはキャメロンの脅し文句など気にもならないとばかりに、彼女のヨガパンツとミシガン大学のTシャツを見やった。先ほどの下着姿でないことが、つくづくありがたかった。
「行かせるわけにはいかない」ジャックが椅子を引いて手で示した。「座ってもらおうか」
「ありがとう。でもお断りよ。出ていくと言ったでしょう」ジャックが異議を唱える前に、キャメロンはバッグをつかんでドアへと向かった。ほかの荷物はあとで取りに戻ればいい。「再会できてよかったわ、パラス捜査官。ネブラスカで三年過ごしても、くそったれのままでいてくれてうれしいわ」
 キャメロンはドアを押し開けると、そこに立っていた男性と衝突しかけた。彼は仕立てのいい灰色のスーツにネクタイをつけ、ジャックより若く見えた。アフリカ系アメリカ人だ。
 男性が手に持ったスターバックスのカップ三つを落とさないようバランスを取りながら、キャメロンにまぶしい笑顔を向ける。「ドアを開けてくれてありがとう。何が起こってるんだ?」
「ここから飛びだそうとしていたところよ。パラス捜査官にくそったれと言ってやったから」
「ちょうどいいタイミングだったのか。コーヒーはどうだい?」男性がカップをキャメロンに差しだした。「ウィルキンズ捜査官だ」
 キャメロンはしたり顔で振り返った。「いい捜査官と悪い捜査官というわけね。あなたの頭で思いつけるのはその程度のことなんでしょうね、パラス捜査官?」
 ジャックが大股で歩いてきてドアのところで止まると、キャメロンを見おろした。「おれの能力をわかっていないな」険しい口調で言う。
 ジャックが手を伸ばしてウィルキンズからカップを受け取ると、キャメロンは先ほどの戒めを新たにした。銃を持っていて、彼女にキャリアを台なしにされかけたことを根に持っているうえに、頭ひとつ分は背の高い男を挑発するときは用心しなければならない。キャメロンはジム用のシューズを履くことにした先刻の自分を心の中で罵った。ジャック・パラスと対決するときは、最低でも七センチのハイヒールが必要だ。だが彼女がそれを履いたとしても、ジャックの顎の高さにやっと届くくらいだろう。もちろんヨガパンツにハイヒールを合わせていたら、とんでもない愚か者に見えるのはわかっている。
 ウィルキンズがコーヒーのカップを持ったまま、ふたりを指した。「知り合いなのかい?」