立ち読みコーナー
目次
544ページ
登場人物紹介
ライリー・ランバート               FBIのプロファイラー
セイン・ブラックウッド              シールズ隊員。臨時の保安官代理
シャイアン・ブラックウッド            セインの姉。医師
ヘレン・ブラックウッド              セインの祖母
カーソン・ブラックウッド             セインの父親
ブレット・リヴァートン              リヴァートン家の長男。牧場経営者
ケイド・ローンベア                アフガン帰還兵
マディソン・ランバート              ライリーの姉
ジーナ・ウォレス                 シンギング・リヴァーで誘拐された少女
キャロル・ウォレス                ジーナの母親
アデレード/イアン/べサニー           ”ファーザー”と一緒に暮らす者たち
ノーマ・ベイカー                 保安官事務所に勤務していた女性
ジャクソン・ブラックウッド            セインの弟
ハドソン・ブラックウッド             セインの兄
ファニー/ウィロー                ヘレンの親友
56ページ~
 テールランプが角を曲がり、見えなくなった。ライリーは頭が混乱した。一週間。一週間で人生の大半を費やしてきた仕事を続けていけるということを彼に納得させる答えを見つけなければならない。
 いまの地位を失うわけにはいかない。守らなければならない約束がたくさんある。一番大きな約束は、姉のマディソンにしたものだ。
 頭上の街灯が点滅していた。首筋がぞくぞくする。ライリーは拳銃を握りしめ、十年前に単身用アパートメントに改装されたエレベーターのない古い建物の小さな門を、急いで通り抜けた。
 コンクリートの階段をあがり、ドアの鍵を開けた。古いオークのドアがきしみながら開いた。なかに入ってドアを閉める。
 玄関ホールは静まり返っていた。自分の部屋へと続く階段を重い足取りであがった。左右をきょろきょろと見まわしながら廊下を歩き、突き当たりの右手のドアに鍵を差しこむ。いつものようにすんなりと入った。
 部屋に入ると、ただちに警報装置を解除し、在宅モードにセットし直した。
 束の間の安全地帯で、ライリーはまっすぐ寝室へ向かい、バッグを放りだしてベッドに腰かけた。膝が震えている。両手に顔をうずめ、ごしごしと目をこすった。深い絶望に襲われた。たしかにエネルギーが不足している。腕を怪我したせいではない。パトリシアを死なせてしまったせいだ。ああ、彼女を助けたかった。
 力を振り絞ってズボンとシャツを脱ぎ、ベッドにもぐりこんだ。顔を洗うのは明日にしよう。
 ベッドサイドのランプを消しても、真っ暗にはならなかった。バスルームのそばのコンセントに差しこまれた小さな常夜灯がかすかな光を放っている。
 ライリーは部屋を真っ暗にすることはなかった。
 暗闇が大嫌いなのだ。
 子どもの頃は、悪いことは暗闇のなかでしか起こらないと思っていた。年を重ねるにつれて、恐ろしい出来事はいつでも起こり得るのだと学んだ。
 でも、そんなことをほかの人は知らなくていい。悪魔も悪夢も多すぎる。説明したくないことが多すぎる。
 心の奥底から込みあげる息苦しいほどの恐怖を、ほかの人は知らなくていい。誰も理解できないだろう。ライリーは頭の下で手を組み、天井を見つめた。影がからかうようにねじれる。
 いいえ、ひとりだけいる。彼だけは理解してくれるだろう。
 本能が理性に勝り、携帯電話に手を伸ばした。画面が明るくなったが、新しい通知はなかった。電話もメッセージもメールも来ていない。
「セイン」画面を指でなぞりながらささやき、深い絶望と闘った。彼の声が聞きたかった。自分が頭のなかの暗い場所にのまれていくのを感じた。セインなら適切な言葉で、いらだちと疑念の海に溺れそうな彼女を救うことができる。たった一週間の火遊びが戯れの電話につながり、それが命綱になるなんて思いもしなかった。
 声を聞いただけで気分を察知できる彼の不思議な力が怖かった。もちろん、彼女も彼の気分を察知できる。
 週に一度の会話を首を長くして待つようになった。心の支えにしていた。そのおかげで正気を保てた。たいていの場合は。
 指が画面の上をさまよった。画面に触れればセインの携帯電話が鳴る。彼の声が聞ける。
 先週、三回電話をもらったが、ライリーは出なかった。だから、かけるのをためらっているの? 気づかれたくないことに、彼は気づいてしまうかもしれない。仕事にむしばまれていることに。
 枕の下に電話を押しこみ、片手を添えた。今夜時間があれば、彼のほうからかけてくるだろう。
 枕を拳で叩いたあと、怪我をしていないほうの腕を下にして丸くなった。常夜灯が投げかける光の輪郭を探した。疲労や鎮痛剤に抗うことはできない。目をしばたたいた。ごしごしこすった目が痛んだが、閉じたくなかった。眠りに落ちる直前の時間がいやだった。
 起きる直前はもっと。夢は彼女を放っておいてくれず、悪夢はずっと続くからだ。
 今夜も同じだ。
 ねじれた影が壁を滑り落ち、暗闇にのまれた。まぶたが重くなり、とうとう開けていられなくなった。少しずつ眠りに落ちていく。
 シャベル一杯分の土がライリーの上にかけられ、胴体を覆い、両腕を押さえつけた。すがすがしい土のにおいが感覚に刻まれた。
 ライリーは深く息を吸いこんだ。土が口にくっついた。見あげると、美しい青空が見えた。雨が降っていて寒いほうがいいのに。青空の下では死ねない。
 突然、ライリーは墓穴から抜けだした。穴のそばに立って見おろしていた。
 穴のなかを見たくなかった。
 胸がばくばくした。無理やり穴のなかに視線を向けた。
 恐怖にさらされた罪なきパトリシア・マスターズの死体が、責めるようなまなざしで彼女を見あげている。「どうして助けてくれなかったの?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」ライリーの目に失意の涙が込みあげた。パトリシアの顔から目をそらすことができなかった。
 その姿が変化した。
 ブロンドの髪がとび色に、大人の顔が十二歳の少女の顔に変わった。
 マディソン。ああ、姉のマディソンだ。
 ライリーは悲鳴をあげた。
 ぱっと起きあがる。動悸はおさまらなかった。震える息が詰まった。
 うめき声をあげながら、やわらかい羽毛枕にふたたび頭を沈めた。
 目をさっとぬぐって、土に覆われていないことを知った。時計に目をやる。午前三時四十五分。三十分だけ眠っていたのだ。
 ちくちくする目をふたたび閉じた。眠ったほうがいい。体が休息を必要としている。心にも必要だ。