立ち読みコーナー
目次
448ページ
登場人物紹介
ブルー・マカリスター                写真家。本名ステラ・ブルー・ローレンス
シンクレア(シン)・ブレッケンリッジ        弁護士の卵
アマンダ・ローレンス                ブルーの母親
ハロルド(ハリー)・マカリスター          ブルーの養父。元FBI特別捜査官
ジュリア・マカリスター               ブルーの養母。故人
エリソン(エリー)・マカリスター          ブルーの義姉。看護師
セイン・ブレッケンリッジ              シンの父親。ザ・フェローシップのリーダー
イソベル・ブレッケンリッジ             シンの母親。セインの妻
カーラ・ブレッケンリッジ              シンの妹。故人
エイブラム・ブレッケンリッジ            シンのおじ
23ページ~
 セインの息子、シンクレア・ブレッケンリッジは、もうすぐヘンドリー=アーヴァイン法律事務所での見習い期間を終える。そうしたら、組織の現在の顧問弁護士ロドリック・レスターのあとを継ぐことになるはずだ。ブレッケンリッジ家の長男は、二十六歳の白人男性で、髪はダークブラウン、目は茶色。身長百九十センチ、体重約八十五キロ。かなりの美男で、知能が非常に高いうえに勤勉。よって、シンクレアを組織の次期顧問弁護士にさせる、というのがセインの決定事項だ。
 この息子を通じて組織に潜入するというわたしの考えを、ハリーは気に入らない。シンクレアの男性的魅力が強すぎるのを心配しているのだ。つまり、シンクレアがうっとりするほどハンサムなので、わたしが心を奪われて復讐どころではなくなってしまうのではないかと考えている。
 ブレッケンリッジと名のつく人間に対して、わたしの心に憎悪以外のものが芽生える可能性など万にひとつもない。
 次男のミッチではだめだ。二十二歳、まだまだ未熟で、ザ・フェローシップ内の影響力のある地位につけていない。「いろんな角度から考えたけど、潜入するにはやっぱりこの長男に接触するのがいちばんだと思うの」
 ハリーが手のなかのファイルに目を通しながら首を横に振る。「それに、もっとも危険でもある」こちらにまったく目を向けずに反対する。「ザ・フェローシップは、よそ者を喜んで受け入れたりしない。組織の末端に入りこんで、疑われないよう徐々に上の人間を手なずけていかなきゃだめだ。いきなり最重要人物に接触するなんて危険すぎる」
 そんな悠長なことをやっている余裕はない。悪性腫瘍がすでにハリーの体をむしばみ始めている。「シンクレア・ブレッケンリッジ本人に接触すれば数週間、もしかしたら数カ月は時間を節約できるわ」
「ザ・フェローシップに潜入するには時間をかけて慎重に事を進めるほど安全だということを、忘れたわけじゃないだろう。向こうがおまえを知れば知るほど、信頼されるようになる。近道は命取りだ」
 ハリーの主治医からは、余命はあと六カ月、もって八カ月だと言われている。ジュリアのときを考えれば、三カ月くらいと見ておいたほうがいいかもしれない。
 一分たりとも無駄にできないが、言い争って、時間に余裕がない理由をハリーに思いださせたくはない。とりあえず今は折れて、そのときが来たらすべきことをしよう。「そうね」わたしは資料を見つめ、シンクレアの友人、リース・ダンカンのプロフィールに目をとめる。「シンクレアの友人のバーのオーナーに接触するのはどう?」
「どんなやつだったかな?」
「シンクレアの親友のひとりで、ザ・フェローシップの連中が飲みに行くバーのオーナー。金の取りたてをやってるような取るに足りない下っ端の息子よ」
「やっぱりセインの息子を介して標的に近づくつもりなんだな」ハリーは本でも読むように、わたしの魂胆を読む。わたしがまずはリース・ダンカンに接触したとしても、すぐにシンクレアに渡りをつけさせるだろうと、ハリーは見抜いていた。「あいつの甘いマスクとは関係ないだろうな?」
 わたしが美男子に夢中になったことなどないのは、ハリーもわかっている。「病人にツッコミを入れさせないでよ、お父さん」
 ハリーが笑いながらプロフィールに手を伸ばした。「このリースって男を長いこともてあそぶ気はないだろうが、もう一度検討させてくれ」
 ハリーがファイルにふたたび目を通すのを少しのあいだ待ってから、わたしの考えを伝える。「このバーに、セインとエイブラム以外の組織のメンバーが定期的に通ってるの。いずれは全員と接触できるわ。そうすれば選択肢が広がるでしょ。スコットランド伝統の短いキルトをはいた、かわいい女の子がドリンクを給仕するのがあいつらみんな大好きなのよ」バーを隠し撮りした写真を手に取る。「ダンカンズ・ウィスキー・バーのこの制服、きっとわたしに似合うわ」
「こんな短いスカートをはいたおまえを、非道な男たちがいやらしい目で見るなんて気が進まないな」
「キルトよ」
「こんな格子縞の切れ端、何もはいていないも同然じゃないか。ザ・フェローシップのメンバー全員と接触するために、こんな格好で歩き回ってほしくはないが」ハリーがため息をつく。「決意は固いようだな」老眼鏡越しにわたしをじっと見つめた。「お互いわかっていることだが、おまえが何をするつもりかはお見通しだ」わたしが組織の末端からではなく、いきなりシンクレアに接触するつもりなのだろうとハリーは示唆しているのだ。
「わたしが慎重なのは知ってるでしょ」おとり捜査は天職だった。相当うまくこなしてきた。でも、それは当然だ。そのために十二歳の頃から訓練してきたのだから。
「決意をひるがえすのは無理らしい。おまえはわたしの娘だ。おまえを守るのがわたしの役目だ」
 ハリーが甘やかしていいのは姉のエリソンであって、わたしではない。お姫さまである姉なら、ハリーが今口にしたような嘘を鵜呑みにしてもいい。
 ハリーとわたしは血がつながっておらず、親子になることを選んだ。ハリーこそが、あの日わたしを救ってくれた人だ。非番だった彼は、わたしと同じアパートに住む家族を訪ねてきて銃声を聞いた。ハリーが駆けつけたとき、わたしからは心臓の鼓動だけでなく、生きている兆しがまったく感じられなかった。医師が言うには、わたしが生きられたのは、ひとえにハリーが心臓マッサージをして、臓器に酸素を送り続けてくれたおかげらしい。そのあと到着した救急隊員が電気ショックを与え、わたしの心臓はふたたび動きだした。
 ハリーとわたしは秘密を共有し、そのために絆で結ばれている。そういう事情を姉は決して理解できないだろうし、知ることさえない。わたしのほうがハリーと一緒にいる時間が多いから、わたしのほうが父親に愛されているとエリソンは誤解している。姉はいつも疎外感を覚えているけれど、もちろんハリーはエリソンのことも同じくらい愛している。それがエリソンにはわからないので、わたしは心から申し訳なく思う。姉に親から愛されていないと感じさせてしまうなんて残念だ。