立ち読みコーナー
目次
416ページ
登場人物紹介
レイキン・ヘイル               作家。殺人未遂事件の被害者。本名シンシア・マークス
リース・ノーラン               FBI特別捜査官
アンドリュー(ドリュー)・アボット      レイキンの大学時代の教授で恋人
チェルシー                  ドリューが交際していたもう一人の女子学生
キャメロン                  レイキンの大学時代のルームメイト
ジョアンナ(ジョー)・ディレーニー      殺人事件の被害者
トーランス・カーヴァー            バーテンダー
マイク・リクソン               ジョアンナが働いていた店のマスター。トーランスの義理の兄
ドクター・ローレンス             レイキンの主治医だった精神科医
ドクター・ケラー               監察医
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 ディレーニー事件でわかっていることは以下のとおり。
 二〇一八年三月二十三日金曜、午後九時四十五分ごろ、ジョアンナ・ディレーニーはルーセント湖で死体となって発見された。ジョゼフ・メイヤー(仮名)は犬(茶色のラブラドールレトリバー)を連れて人工湖に沿った小道を散歩していた。最初は、葦のなかに動物が打ちあげられているのだと思った。
 好奇心たっぷりのラブラドールレトリバーはまっすぐに死体へと向かった。ジョゼフは裸の女性が湖岸近くに浮かんでいるのだと気づくと(彼の供述による)、悪態をついた。彼女が死んでいるのは疑う余地がなかった。青白い体は泥と草にまみれていた。皮膚はふくれあがり、何も映していない濁った目は大きく見開かれていた。ジョゼフはどうにか犬を現場から引き離すと、小道から911に電話をした。
 WMPD(ウェスト・メルボルン警察署)の巡査、レオン・ブラディが通報に対応した。ブラディ巡査は現場に到着すると警察署に無線で、勤務中の殺人課の刑事を要請した。その後ジョゼフに事情聴取をし、供述を取った。
 オルソン・ヴェイル刑事と見習いのアレン・ライト刑事は現場に到着して十分で、科学捜査班(CSU)に命じて被害者の周囲と湖の後方に規制線を張った。ヴェイル刑事は検死官を呼んで現場での捜査を進め、自分でも目撃者に話を聞いた。
 報告書によると、その後は定石どおりの殺人事件の捜査が行われた。手順に明らかなミスはなく、見落としも目につかない。けれどふたりの刑事からも重大犯罪課からも、これといった見解は示されていない。
 殺人事件の捜査において最初の一時間は極めて重要だ。役に立ちそうな情報の大半が得られるのは、事件後二十四時間以内。被害者の身元。最近親者。死因。最重要容疑者を示す手がかりとなる、もっとも大事な三点だ。
 ヴェイル刑事の報告書によると、捜査の最初の二日間における最重要容疑者は、被害者の交際相手だった。恋愛対象者が容疑者になるのはいつものことだが、最終的には潔白が証明された。
 そのジャミソン・スミスは地元警察に協力し、四十八時間以内にアリバイが証明されて容疑が晴れた。理想的なアリバイとは言えなかったが、個人的判断が捜査に影響するべきではない。浮気相手の死亡推定時刻のジャミソンの居場所について、彼の恋人のキンバリー・トーウェルが決定的証拠を持っていた。彼はキンバリーと一緒にいて、彼女のベッドの支柱に手錠でつながれていた。証拠の映像があった。
 
長いため息とともにページをめくる。
 浮気が絡む事件には否定的な反応をしてしまう。もちろん個人的感情で問題を複雑にするつもりはないが、わたしも人間だ。人間の感情と反応を細部にわたって考察していくと、神経を逆撫でされることがある。
 ときおり、わたしたちを人間たらしめているものが、捜査を進展させることがある。
 すべては、自分の物事の見方にかかっている。
 今は、フロリダのオーランド・メルボルン国際空港で事件の経緯をさらっていた。わたしはすでにこの事件を個人的すぎる観点から見ている。
 事件がほったらかしになっている状況が気に入らない。
 バインダーを押しやると、リースがガラスの自動ドアを通ってこちらへ来るのに気がついた。フロリダ自体はわたしにとってもうなんの意味もないけれど、彼の姿を見るとわが家に帰ってきたような気がした。立ちあがって彼を迎える。彼はかすかにうなずいてわたしの手荷物を持つと、一緒に空港を出た。社交辞令を交わす時間はない。解決すべき事件があるのだ。
 こういうところが、わたしが特にリースを気に入っている点だ。
 こうして、リース・ノーラン特別捜査官と落ちあった。
 わたしの事件はおよそ半年で迷宮入りとなった。正直言って、もっと前から迷宮入りしていたのだが、ダットン刑事が公式にお手上げを表明したのがそのときだった。解決の糸口が見つからず、警官たちはどこを捜査すべきかわからなくなり、事件は迷宮入りとなった。わたしの事件の捜査が終了したということではない——未解決事件は公式には捜査終了となることはない——常に捜査中だ。ただ脇に追いやられるだけだ。
 わたしが話を聞いたことのある刑事は全員、手の空いた時間には未解決事件の捜査をしていると認めた。手の空いた時間がいかに少なくても。彼らにとって、そうした事件は強迫観念となっていて、最低でも年に一度はファイルを開かなければという気になる。時間を置いたことで、事件を新しい観点から見られるのではないかと思って。見落としていたパズルのピースを発見するのではないかと思って。
 わたしの事件に関しては、強迫観念に駆られるほど捜査をした者はいなかった。六カ月後、人員不足と労働過多のリーズバーグ警察はシンシア・マークス(わたしの本名だ)事件は迷宮入りだと発表した。わたしの事件は、地元の麻薬組織による犯罪といったもっと急を要する捜査のせいで脇に押しやられた。
 それに、わたしは生きている。ダットン刑事は殺人事件を解決しようとしているのではなかった。レイク郡周辺では、わたしの事件と類似した事件は起きていない。さらなる襲撃をはばまなければという喫緊の懸念もなかった。
 警察署や刑事からの折り返しの電話は、どんどん少なくなっていった。電話の向こうの沈黙は、長くなる一方だった。すぐにわたしは、最新情報を求めて定期的にわざわざ電話をかけるのをやめた。
 わたしの事件は終わった。