立ち読みコーナー
目次
576ページ
登場人物紹介
アプリル・オルティス                 バーで働くシングルマザー
ノア・ヤング                     チュラビスタ市警察の巡査
メガン・ヤング                    ノアの妹。大学生
エリク・エルナンデス                 〈チュラビスタ・ロコス〉のメンバー
パトリック・シャンリー                ノアの先輩。チュラビスタ市警察の巡査
ビクトル・サンティアゴ                チュラビスタ市警察殺人課の刑事
ヘニー・オルティス                  アプリルの娘
ホセファ・オルティス                 アプリルの母親
ラウル・エルナンデス                 へニーの父親。〈チュラビスタ・ロコス〉の前リーダー
フニオル・ロペス                   エリクの親友。〈チュラビスタ・ロコス〉のメンバー
クリスティーナ・ロペス                フニオルの妹
ジャック・ビショップ                 スーパーマーケットの経営者の息子
オスカル・レイエス                  〈イーストサイド・インペリアルビーチ〉のリーダー
45ページ~
 ノアはあえて反論しなかった。アプリル・オルティスに惹かれたのは事実だ。肌を大胆に露出したウエイトレスはみんな、美人でセクシーだったものの、アプリル以外はほとんど目に入らなかった。なぜかはわからないけれど、彼女にだけ強く惹きつけられた。
 アプリルは見た目とは違っていた。
 見た目は経験豊富なコールガールといったところだ。美人だが、ガードが堅く、人を見抜く鋭い目を持ち、心からほほえむことはない。派手なメイクと髪型はセクシーな鎧のようだった。鎧の下のアプリルは近寄りがたく、ミステリアスだ。
 彼女の秘密を知りたいと思った。
 クラブで会った女性に欲望を感じたのはこれが初めてではない。だが普段はたとえ非番のときでももっと慎重だ。出会った瞬間、足が止まり、ほかのものがいっさい目に入らなくなるほどの衝撃を受けたことはない。アプリルをひと目見た瞬間、“彼女だ”と性的衝動がささやいたのだ。
 衝動の赴くまま行動する自由があったら、アプリルを見つめたまま、まっすぐ近づいていっただろう。
 話を聞くあいだも、アプリルはほかの女性とは違っていた。礼儀正しく、落ち着いて自信に満ちていた。彼女は慎重で、こちらの質問にあらかじめ用意されていたような返答をし、協力的とは言いがたかったが、ノアはひどく興味をそそられた。
 そして話が終わる頃にはすっかり魅了されていた。ノアはアプリルの話を聞きながら、店内の様子を簡単に手帳に書きこんでいた。アプリルほど観察力が鋭く、記憶力のいい人はめったにいない。ノアも記憶力はいいほうで、特に名前と数字を覚えるのは得意だったものの、アプリルの足元にも及ばなかった。
 彼女のような女性にはいまだかつて出会ったことがない。
 美人で頭がいいが、どこか危うげなはかなさがあり、男に守ってあげたいと思わせるタイプだ。アプリルはロラの身に起きたことを悲しみ、ほかのウエイトレスたちを守らなければならないと感じているようだった。
「色目を使ってくる女をみんな見逃してやってたら、殺人課で二週間と持たないぞ」パトリックが駐車場から車を出した。真夜中なので交通量は少なく、ティファナのメキシコ側の国境が混雑しているだけだ。「女は男の弱みにつけこむのがうまい。女に弱い警官は命取りになりかねない」
「女が役に立つこともある」ノアはポケットに手を入れた。
「それはなんだ?」
 ノアは折りたたんだ紙を開いて、内容に目を通した。「男の弱みにつけこむ悪い女のひとりがこっそり渡してくれたんだ。俺が女に弱いのを見透かされてたんだな」
 パトリックの目が光った。「垂れ込みか?」
 ノアは声に出して読んだ。
 
“トニー・カスティーリョ
 灰色の漆喰の壁、紺色の鎧戸
 表に大きなサボテン
 フェアファックス四〇〇?”
 
「俺の勘違いでなければ、アプリル・オルティスはロラ・サンチェスと関係のあったギャングの名前と住所を教えてくれたんだ」
 パトリックはバックミラーを見て後続車がないのを確認すると、すばやくUターンしてフェアファックス・アベニューに向かった。「女の参考人について俺はなんて言ったかな?」
「嘘つきども」ノアはにやりとした。
 パトリックもにやりとした。「よし、この一件はおまえにやる」
 ノアはコンピュータの端末にログインして、トニー・カスティーリョの名前を入力した。該当者はふたり。いずれもヒスパニックで、ドラッグの密売で逮捕歴があった。人相も似ていて、スキンヘッドに眠そうな目をし、首にタトゥーを入れている。
「逮捕状が出てる」ノアは言った。「出頭拒否だ」
 パトリックがうなる。「今わかっている一番新しい住所は?」
「シティ・ハイツ」ノアはフェアファックスの居住者をすばやく検索した。「賃貸物件のオーナーにアルトゥーロ・カスティーリョの名前がある。四一三番地だ」
 パトリックは肩に装着した無線機に手を触れ、状況を説明した。
「慎重に進めろ」サンティアゴ刑事の声が聞こえる。その声には満足げな響きがあった。
 ノアは興奮で心臓が早鐘を打ちだした。殺人事件の捜査は初動の二十四時間が重要だ。この手がかりが事件解決の突破口になる可能性がある。だからサンティアゴは手がかりを追う許可を与えてくれたのだ。
 ノアはふと思った。「俺が殺人課への異動を希望していることをサンティアゴに話したのか?」
「進んで情報提供はしなかった」パトリックははぐらかした。
「サンティアゴに訊かれたのか?」
「ああ。おまえは見込みがあると聞いたと言ってた」
 ノアは照れくささで顔が熱くなった。アプリル・オルティスが店の外まで見送りに出てきたときと同じように。あのときは一瞬、彼女が自分に気があるのではないかと思ったが、表情を見て事件に関係することだとわかった。