立ち読みコーナー
目次
240ページ
はじめに                  2

第1章 遺体の話              13
 「死体洗いのバイト」は本当にあるのか?
 ホルマリンのプールは実在した
 ご遺体の管理ができなければ葬儀屋失格
 遺体を冷やし忘れた葬儀屋さん
 水死体とのお別れ
 損傷の激しい遺体
 腐乱遺体にわくウジ虫
 死臭はなぜ染み付いてしまうのか
 「孤独死」したらどうなるか
 死ぬと穴からいろいろ出るの?
 母の遺体から赤い水
 般若のような形相になる理由
 亡くなった人の目から流れる涙
 遺体の目を閉じるには
 故人の唇を濡らす意味
 「社員の安全が最優先」の理由
 人身事故の遺体
 遺体が怖いと葬儀屋には向かない?
 棺の底がぬけた!
 「階段」という難敵
 遺体の取り違え
 警察での「面通し」に代わる方法を
 遺族に負担を強いる神奈川県警
 病院での遺体処置に望むこと
 エンバーミングに思うこと
 湯灌は必要?
 臓器提供後のご遺体
 葬送は文化である
 白い布をかけるのは死者へのおそれ
 「遺体はグチャグチャに?」と聞く想像力の欠如

第2章 火葬の話              81
 火葬の熱さで生き返る!?
 火葬炉の前で撮影禁止はなぜ?
 バラバラか、リアルな形か──2つの火葬方式
 骨に色がつく本当の理由
 白骨化した遺体も火葬する?
 骨を潰すことへの違和感
 残った遺骨はどこへいくのか
 「お骨の仕上がり」に正解はあるか
 祖母の遺骨に触れなかった後悔
 骨を食べてしまうほどの愛
 「血玉」に思う風習の奥深さ
 子を亡くした両親が火葬場に行かない理由
 切断した手足の火葬はどうする?
 故人の尊厳を守るカツラ
 妊婦さんの火葬
 被爆したご遺体の火葬
 火葬場の匂いが苦手
 火葬場の仕事は“グロい”のか
 松本死刑囚を受け入れた火葬場の矜持

【特別対談】葬儀屋×火葬師「火葬場のほんとうの話」 117

 「お骨は焼き切れる」のデマで火葬場に実害
 ペースメーカーは火葬前に必ず申告を!
 幽霊は話のわかるやつ?
 火葬場は残酷な場所?“着火ボタン”への誤解
 「副葬品や金歯が盗られた」といまなお疑われることも
 スイカ、骨つきハム、ガラス製品……火葬師を悩ませる副葬品
 赤ちゃんのお骨を残すことの難しさ
 お骨は人の生きた証。きれいに残してお返ししたい
 “遺体屋”としての矜持

第3章 葬儀の話              143
 人はなぜ葬儀をするのか
 お通夜は無駄?
 いまでも土葬はできるのか
 火葬のみの「直葬」という選択
 家族葬と不況の密接な関係
 お金がまったくない場合の葬儀費用は?
 「追加料金一切不要」の罠
 一家心中のお葬式は?
 死刑囚の葬儀
 自分を虐待した両親の葬儀
 LGBTの方たちの葬儀
 死後の手続きを誰に頼むか
 死亡届を出したら口座は凍結される!?
 散骨をするには?
 ご飯に箸を立てるのはなぜ?
 葬儀に白黒幕を用いる理由
 連名での香典
 お坊さんに怒ってもいい?
 「テラカゲ」と言うべからず
 葬祭ディレクターになりたい中学生
何をもって「感動的な葬儀」か
葬儀屋の仕事とは「手順と段取り」である
“不要論者”へ贈る言葉

第4章 心と魂の話             199
 葬儀屋的〝幽霊論〟
 祟りは存在する?
 愛する人を亡くした人へ
 「迷惑をかけない自殺」はあるのか
 悲しいときはどうすればいい?
 線香の灰の重さ
 遺族の「弔いたい気持ち」に委ねる
 亡くなった人の誕生日を祝わなかった理由
 「LGBTと自殺」の記事を綴った葬儀屋の職業倫理
 葬儀屋と差別
 戒名ってなんですか?
 宗教者は本当に「清貧」であるべきか
 輪廻について

おわりに                  237
はじめに

 人というのは生きて、やがて死にます。人間だけでなく生きているものは時が来れば、
その命の幕を下ろすようにできています。
 私は7歳から父の手伝いを通して葬儀の現場に携わって生きてきました。たくさんの亡くなった方と出会い、それは同時に多くの生きている方々との出会いでもありました。
 その中で常々感じていたのですが、人間は不思議なことがあれば知りたくなるものです。
特に遺体や火葬については詳しいことがあまり語られず、本当の話はなかなか表には出てきません。だからこそ余計に気になるものなのでしょう。
 この本では、そうした世の中であまり語られることのない遺体や火葬についての本当のことをお話ししています。

 いままでに出版された「元葬儀屋の体験談」といった類の本は、葬儀の現場経験もたいしてない人が読者ウケばかりを狙って書いたものがほとんどです。
 私は、それがとても許せませんでした。

 葬儀の現場では、死した人をなんとか安心無事に送り出せるよう、また遺された人たちのお役に立てるよう、多くの人が一生懸命に力を尽くしています。にもかかわらず、話を“盛る”ことで不安や恐怖を煽り、自分の本を売ろう、有名になってやろうというちっぽけな欲望がそうした本には透けて見えます。
 この本には、そうした遺体や火葬にまつわる都市伝説やデマにトドメを刺すような話をたっぷりと詰め込みました。どれも「言われてみれば、そりゃそうだよな」と納得いただけるのではないかと思います。

 一方、「終活」というものもブームとして広まり、まるで「自分の死は自分で準備して自分で始末しなければ迷惑だ」と言わんばかりの風潮ができつつあります。
 しかし、あんなものは幻想といっていいものです。
 究極的には、人は自分の死を自分で何とかすることはできないからです。「誰かに何とかしてもらう」のが自分の死であり、現実にそれを突きつけるのが「遺体」であり、「火葬」というものです。
 葬祭業の世界にはこんな格言があります。

「自分で自分の棺を担ぐことはできない」

 この言葉は、「死」というものをとてもわかりやすく表現しています。
 遺体や火葬の話というのは表立って話すにはとても生々しく、あまり語られることのないままでした。
 ですが、私は「ウソではない、本当の情報を届けたい」。そんな思いから、YouTubeで「葬儀・葬式
ch」という動画配信を始めました。
 私たちは、思いどおりにならない世界に生きています。正しい情報をどんなに調べて発信しても、なかなか伝わらないことに打ちひしがれるときもありました。何時間もかけて作った動画の再生回数も自分で閲覧した回数だけが表示される日々。「世間」というものに立ち向かおうにも、当初はあまりに無力でした。
 さすがに落ち込んだとき、近くの雲照寺というお寺のご住職に相談にいったことがあります。私には答えの見つけられない仏教の疑問が出るたびに、いつも相談にいく相手でした。
 そこでこんなことを言われたのです。
「佐藤君、だんだんよくなるよ。『間違い』が『正しい』に勝ち続けるなんて、とても困難なことだから」
 その言葉に大きく救われたおかげで、投げ出すことなく発信し続けることができたのです。

 調査しようにも資料のない中、助けてくれる人が次々と現れました。火葬師さんや納棺師さん、『坊主バー』や以前からお付き合いのあった各宗派のお坊さん。数え上げればきりがないほどの現場の人たちに力を貸してもらったからこそ、こうしてみなさんに本当の話をお届けできるのです。
 一晩中、人の死のことばかり語り合った日もあれば、どうすれば一番わかりやすく伝わるかを考えすぎて頭から煙が出そうになった日もあります。
 そうしてひとりで始めたことが、いつしか多くの仲間や理解者に出会えたことで大きく前進しました。そしてそれが、この本が生まれた背景でもあります。

 生きるということは、思いどおりにならないことの連続ですが、同時に、思いもよらぬことに救われてしまうのもまた真実です。
 こうして書籍という形での発信が実現したのは、自分でも意外でしたが、ひとりでも多くの方に遺体や火葬のほんとうの話が伝わればいいなと、そういうふうに思います。
佐藤葬祭代表・佐藤信顕





14ページより

「死体洗いのバイト」は本当にあるのか?
「遺体をホルマリンの入ったプールに浸けるアルバイト」があるというのは、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。私も子どものころ、そういうアルバイトが本当に存在するのかどうか気になって、いまは亡き父にたずねてみたことがあります。
 すると父は、若かりしころの自身の体験談を聞かせてくれました。
 父も「遺体をプールに沈めるだけの割のいい仕事があるんだったらやってみたい」と思い、必死に探してみたことがあったのだそうです。仕事柄、遺体を見るのは慣れているため、それでお金がもらえるのであればぜひやろうと考えたとのこと。しかし、いくら調べてもそんな仕事は見つからなかったらしいのです。
 かつて、ベトナム戦争の際にはバラバラになった遺体をつなぎ合わせるアルバイトが海外にあったそうで、これは現在でいうところのエンバーミング(遺体を長期保存するための技法。70ページ参照)にあたる仕事だと思われます。こういった話がまわりまわって「死体洗いのアルバイト」という都市伝説ができあがったのではないかというのが父の推測でした。
 このことをふと思い出し、つい最近私も少し調べてみたところ、2つの結論が出ました。
 まず、ホルマリンというのは揮発性があり、そんな中で作業をすれば中毒を引き起こす危険性もある劇薬です。そんなものを、大きなプールを満たせるほどの大容量で施設が所有しているとは考えにくいと思います。
 さらにこうした仕事は医療行為に含まれるため、「アルバイトにまかせる」というのも現実的ではありません。ご遺体を献体してくださったご本人やご遺族に対しても、「アルバイトがプールに浸けて大事に保管させていただいております」とはとても言えません。
 さて、こうした話の大元は何なのかと言いますと、大江健三郎さんの小説『死者の奢り』からきているのではないかというのがひとつの有力な説です。その中に、次のような一節があります。
「死者たちは、濃褐色の液に浸かって、腕を絡みあい、頭を押しつけあって、ぎっしり浮かび、また半ば沈みかかっている」
 この作品が発表されたのが1957(昭和32)年ですから、ここから半世紀以上も都市伝説として語り続けられてきたのでしょう。歴史小説にしても、史実と異なることが書かれていても、一般には「事実」と解釈され広まってしまうというのはよくあることです。
 ですから、「実際には死体洗いのアルバイトなんてありませんよ」という結論をお伝えしたところで終わりにしたいところなのですが……実はありました。なんと求人広告も普通に出ています。
 ホルマリンプールでの遺体洗いではありませんが、「湯灌」のアルバイトで、ご遺体を洗うという仕事が実際にあるのです。ネットで「湯灌」あるいは「エンゼルケア」といったキーワードで調べていただくと求人情報が出てくるはずです。
 この仕事でだいたいどれぐらいのお金がもらえるかと言いますと、一般的には時給1350円、月給だと18~22万あたりが相場でしょうか。思ったほど高額ではないようです。
 実際、雇ってもすぐに辞めてしまう人も多いようですし、一人前になるまでにはある程度長い期間が必要ですから「最初から人件費にそこまでの投資はできない」というのも、経営者の立場として考えれば当然かなという気がします。

ホルマリンのプールは実在した
 話はまだ続きます。後日、この件に関してある方から次のような情報が寄せられました。

「ホルマリンのプールは、存在します。私は以前、試薬会社に勤務しておりまして、大学病院にホルマリンを納入していました。それはまさしく、プールに入れるためのホルマリンです。プールといっても温泉の大浴場程度の広さで、中では管理者の方が数分作業しては数分休憩、というペースで働いていらっしゃるとのこと。ホルマリンは鼻や口を押さえていても皮膚から吸収してしまうほどの危険なものなのだそうです。
 また、作業をするのはアルバイトではなく、国立の施設なので公務員の方です。しかし大学という場所だけに、大昔は学生がアルバイトをしていたのかもしれません。“アルバイト説”はそこから生まれたものではないでしょうか」

 このお話を踏まえ、あらためて調べてみたところ、トンデモ本などを論評する「と学会」運営委員の皆神龍太郎さんという方の記事を見つけましたので抜粋いたします。


「(ホルマリンプールは)正確には『あった』といった方がいいですね。
 まず、なぜプールが必要なのかを説明しましょう。医学部の解剖実習で使う遺体は長期の保存ができないといけません。そのため、『ホルマリン』で遺体の組織を『固定』する必要がある
のですが、このホルマリンは非常に危険な物質なのです。ホルマリンは劇薬で、ホルムアルデヒドを含んだ蒸気を出すこともあり、人体にとても有害です。ですから、ホルマリンで固定した
後に、その遺体からホルマリンを抜く作業が必要になります。具体的には、ホルマリンをアルコールに置換するのです。その作業のために遺体をアルコールのプールに浸します。プールでこの置換作業を行なうと、ホルマリン抜きに数カ月かかるそうです。
(中略)しかし、『遺体処理装置』という、特別な機械を使うとその作業も数週間で完了します。ですから、この機械を導入するところが多く、私が取材した10年ぐらい前(※編集部注・2004年ごろ)の段階でも『プール3割、処理装置7割』といった感じで、プールはどんどん処理装置に取って代わられているとのことでした。 
(中略)(取材した)教授の弁によれば、『解剖用の遺体は繊細な処置が必要ですので、本学では専任の技官が担当しています。他校でも学生を雇うなどは考えられません』とのことでした(2014年10月15日『マイナビ学生の窓口』より)」

 思い返してみると私もかつて、エンバーミングが導入されはじめたころ、遺体の衛生管理の一環としてホルマリン系の消毒剤を購入したことがあります。それを扱うために、関連の資格を取りにいった記憶があります。それを考えても、アルバイトが簡単にできる仕事ではないことがわかります。
 ちなみに遺体処理装置を製造している会社のホームページによると、プールでホルマリンを抜くためには3カ月かかるのに対し、処理装置を使うと1カ月ですむとのこと。遺体保存用プールも販売されているそうです。
 遺体保存の仕事は「アルバイトが棒で沈めている」のではなく、「専門の技官がきちんと行なっている」というのが結論です。
 都市伝説も、調べてみると本当に面白いものです。私も大変勉強になりました。