立ち読みコーナー
目次
640ページ
登場人物紹介
ニコレット(ニック)・ファレル          スクールカウンセラー
タイラー・エリソン                ニックの元恋人
コリーン・プレスコット              ニックの親友
アナリーズ・カーター               タイラーの恋人
ダニエル(ダン)・ファレル            ニックの兄
ローラ・ファレル                 ダンの妻
パトリック・ファレル               ニックの父親
シャナ・ファレル                 ニックの母親
エヴェレット                   ニックの恋人。弁護士
ベイリー・スチュワート              ニックの友人
ジャクソン・ポーター               コリーンの恋人
ジミー・ブリックス                巡査
マーク・スチュワート               巡査。ベイリーの弟

献辞          3
登場人物        6

第一部 故郷へ     7

第二部 過去へ     61
二週間後        63
その前日        83
その前日        109
その前日        149
その前日        195
その前日        235
その前日        277
その前日        329
その前日        377
その前日        413
その前日        441
その前日        469
その前日        493
その前日        523
その前日        569

第三部 前進      579
二週間後        581
三ヶ月後        623

謝辞          631
訳者あとがき      632
9ページ~
 それは、危うくほったらかしにされかねなかった、たった一本の電話から始まった。
 ナイトテーブルが振動した。エヴェレットが日頃から暗めにしているベッドルームの中で携帯電話が光っている。彼はいつも遮光スクリーンを完全におろし、しかも窓ガラスにフィルムを貼って強い日差しと街の喧騒をさえぎっていた。わたしは携帯電話の画面に表示された名前を見てミュートボタンを押し、時計の隣でうつぶせになった。
 それにしても——横になって目を開けたまま思案した。なぜ兄はわざわざ日曜の早朝から電話をかけてきたのだろう? 考えられる理由を思い浮かべてみた。父のこと。赤ちゃんのこと。妻のローラのこと。
 わたしは暗がりの中、家具を手探りしつつ進み、バスルームの照明のスイッチを入れた。冷たいタイルの床を裸足で歩き、携帯電話を耳にあてながら便座の蓋に腰をおろす。寒さで両脚に鳥肌が立った。
 静かな空間にダニエルが残した留守番電話のメッセージが流れた。“もう金がほとんどない。家を売らなければならない状況だ。父さんは承知しないだろうが”そこで少し間が空いた。“ニック、父さんはかなり状態が悪い”
 兄は協力してほしいとは言わなかった。それはあからさますぎるから。わたしたちはそこまで仲のいいきょうだいではない。
 メッセージの消去ボタンを押してベッドに戻ると、わたしはまだ眠っているエヴェレットのそばに寝そべり、そのぬくもりを感じた。
 しかし同じ日、わたしは前日に届いていた郵便物の中から問題の手紙を見つけることになった。
 封筒の表には見慣れた手書きの文字で“ニック・ファレル”と記されていた。宛先の住所はそれより濃い色のインクで、別の人の筆跡で書いてあった。
 父は今ではもう電話をかけてこない。電話だと頭が混乱し、自分が理想とする人物像から遠ざかってしまうのだ。番号を押しているときは誰にかけているか覚えていても、こちらが電話に出たときにはすっかりわからなくなっている。そのとき、父にとってわたしたちは正体不明の怪しい声でしかない。
 わたしは手紙を広げた。罫線入りのページを破り取ったもので、片側がギザギザしていた。父の文字は罫線からはみだし、わずかに左に傾いていた。まるで、頭に浮かんだことを忘れないうちに急いで書きとめようとしたように。
 冒頭の挨拶はなかった。
 
“おまえに話すことがある。あの娘。あの娘を見た”
 
結びの言葉もなかった。
 わたしは震える手で手紙を握りしめながらダニエルに電話をかけた。「たった今、メッセージを聞いたわ。家に帰る。状況を教えて」