立ち読みコーナー
目次
480ページ
登場人物紹介
サマンサ・マーシュ(トリーナ・グリッソム)    〈カフェ・ベラ〉のオーナー
マーク・セントクレア               リゾートホテルのオーナー
エミリー・セントクレア              マークの娘
カーター・セントクレア              マークの弟。俳優
マーサー・セントクレア              マークの妹
オリビア・セントクレア              マークの母親
シェリー・セントクレア              マークの妻。故人
ルーサー・バンダ                 〈カフェ・ベラ〉の従業員。元受刑者
デヴィン・レアリー                ストリップクラブのオーナー
レッド・レアリー                 デヴィンの兄
シリル・オキーフ                 レッドの右腕
レオナルド(レニー)・クック           私立探偵
103ページ~
 サマンサは小さく首を振り、エプロンのポケットから小切手を取りだすと、カウンターに置かれていた現金袋のなかに入れた。マークのほうは見ずに言った。「あなたほどお金を持ってる人には、ほしいと思ったらどんなものでも手に入るのが当たり前なんでしょうね。どんな人間でも。だけどはっきり言っておくと、わたしは——」
「サマンサ」マークが前に出て、そっとサマンサの腕に触れた。サマンサは心臓が跳ねるのを感じて、視線を彼の顔に戻した。
「悪かった。誓って言うが、そんなつもりじゃなかった。だけど振り返ってみると、きっとそんなふうに聞こえただろうね」マークの表情は、純粋に困っているように見えた。ため息をついて片手で髪をかきあげてから、まただらりと脇に垂らした。「聞いてくれ。きみがパーティの誘いを断ろうと断るまいと、ショップの件は続行だ。この店の商品はすばらしいし、〈セントクレア〉の宿泊客はきみにとって完璧なデータになるだろう。パーティにぼくと出席する件は……完全に別の話だ。妙な流れで話してしまったぼくが悪かった。こんなことをするのはずいぶん久しぶりでね」
 サマンサはつかの間、両手で顔を覆った。過剰反応してしまったらしい。
「勘違いしてごめんなさい」サマンサは言った。「でも、どうしてわたし? 別の人を誘えばいいのに」
 マークはうなじに手を当てて、じっと床を見つめた。「信じられないほど子どもっぽく聞こえるだろうが、カーターに関係があることなんだ。弟から、パーティの同伴者としてきみを誘うつもりだと聞かされて、慌てたぼくは、きみはもうぼくと行く予定だと言ってしまった。ほんのはずみで。馬鹿みたいだろう?」
「今日は結婚指輪をしてないのね」サマンサは沈んだ声で言った。
 マークがますます赤くなる。「外したほうがいいとアドバイスされた」
 あまりにも動揺している様子に、サマンサの抵抗は崩れはじめた。
「このあいだの夜、ただの友達でいたいときみは言った。それは忘れていない」マークはややかすれた声でつけ足した。「一緒にパーティへ行っても……その点は変わらないはずだ。ぼくは……なにも期待していない。完全にプラトニックだ。それに、大勢集まるはずだから、きみには仕事上のいいコネができるかもしれない」
「わたしが断ったら、カーターにはなんて言うの?」
 マークは途方に暮れた顔で肩をすくめた。「なんだろうね。白状すると、そこまで先のことは考えていなかった。嘘だったと告白して、前言撤回するんじゃないかな。それか、直前になってきみが風邪を引いたと言うか。風邪が流行っているらしいから」自己卑下した口調でつけ足した。「ぼく自身、少し気分が悪い」
 サマンサはじっとマークを見つめた。やがて深く息を吸いこむと、良識に逆らって心を決めた。「それで、その“プラトニックな”約束にはなにを着ていけばいいの?」
 それからほどなく、マークはサマンサに付き添って町の広場にある銀行へ向かい、サマンサが夜間金庫に売上金を預けるあいだ、待っていた。それからカフェの裏道に停められているトヨタカムリまでサマンサを送り、ぶじに家へ向かって発進するまで見届けた。サマンサはバックミラーに映るマークを見つめた。車が通りに出てもなお、彼はそこに立っていた。アパートメントに向かいながら、華やかなパーティに出席することについて考えた。一緒に行くという返事を、マークはとても喜んでいるようだった。そしてどんなにがんばってみても、あの男性と夜を過ごすと思うだけで、胸のうちに小さな喜びが芽生えた。
 いけないとわかっているのに、どうして。
 彼に恋をしてはだめ、とまた自分に忠告した。
 一緒にパーティに出ても、ただの友達でいられるはずでしょう? マークもそのようなことを言っていた。彼は町の名士だ。その彼と一緒に出席すると決めたのは、仕事上、賢明な判断だ。
 だがマークはすでに、サマンサに関心があると表明している。その点はごまかしようがない。いくらマークが紳士的すぎて強気になれないとしても。サマンサは顔をしかめた。最愛の人を喪ったあと、最初に関心を示せた女性がサマンサだとは、なんと運が悪いのだろう。
 どうやらカーターが現れたことで、マークは自分の殻から出てきたらしい。もしサマンサが誘いを断ったら、どこまで逆戻りさせてしまうだろうか。そうならないよう、自分は正しいことをしたのだ、よいことをしたのだと必死で思おうとした。
 だけど深入りはしない。こんなふうに人を近づけてはだめだ。すぐに人生の空白を見つけられて、あれこれ質問されるようになるに決まっている。
 彼にとって、安全ではない。わたしにとっても。
 せめて一緒にパーティへ出かけることで、マークが痛ましい過去を忘れてふたたび人生を歩きだせるといい。きっとそのうち別の、もっとふさわしい女性と出会うだろう。けれどアパートメントの外の空きスペースに車を停めたサマンサは、触れられたときに感じたときめきを思い返していた。あらためて自分に認めた。あの男性に、強烈な肉体的魅力を感じている。そんなものはずいぶん長いあいだ感じていなかった。
 そこに不安にさせられた。