立ち読みコーナー
目次
504ページ
登場人物紹介
エディス・ドラモンド      スコットランド領主の娘
ロナルド・ドラモンド      エディスの父。故人
トーモド・ドラモンド      ロナルドのいとこ。副官
コーリー・ドラモンド      ロナルドの異母弟
ブロディ・ドラモンド      エディスの兄。ロナルドの三男
レディ・ヴィクトリア      ブロディの妻
エフィ             レディ・ヴィクトリアの老いた侍女
グリニス            ロナルドの妹
ロンソン            グリニスの子、ベシーの孫
ベシー             ロンソンの祖母
イーラセッド          ロナルドの妹
モイビル            エディスの侍女
ニルス・ブキャナン       ブキャナン兄弟の四男
ジョーディー・ブキャナン    同六男
ローリー・ブキャナン      同七男。治療師(ヒーラー)
アリック・ブキャナン      ブキャナン家の末弟
260ページ~
「よう!」アリックがニルスの背中をばんとたたき、ベンチの隣にどさりと座り込む。「兄貴を寝室まで担ぎあげて、エディスの待つベッドに放り込むのはいつなんだ?」
「それはやらない」ニルスは有無を言わさぬ調子で断った。
「なに言ってるんだよ、兄貴」ジョーディーがアリックの隣に腰をおろす。「床入りの儀がない結婚なんて、結婚じゃないだろ?」
「そうかもしれないな。だが、エディスの父親と兄ふたりが亡くなってまだ一カ月も経っていない。死者に対して敬意を表すため、おれとエディスは床入りの儀を省略することに決めた」ニルスはきっぱりと、白々しい嘘をついた。彼女とそんな話はしていない。アリックが言い出すまですっかり忘れていたが、口数も少なく青ざめた顔を思い出すと、エディスにあんな儀式を強いるのはしのびなかった。
「ああ、そうか」アリックはしんみりとした声になった。「そう言えば、忘れてたよ」
「無理もない」ジョーディーがしみじみ言葉を継ぐ。「コーリーが死んだときに倒れたのを別にすれば、エディスは兵士のように勇敢な態度ですべてのことに当たってきたからな」
「悲しむ暇さえなかった」ローリーも振り向き、話の輪に加わった。「父親や兄たちが亡くなって、エディスもすぐ具合が悪くなった。快復したかと思えば、こんどは自分の侍女の看病をしなければならず、またしても床に臥せった。ふたたび快復したら、家族が殺されたとわかったんだ。実のところ、立てつづけに起こった予期せぬできごとのどれに対しても、気持ちの折り合いをつける暇なんてなかった」彼は真剣なまなざしでニルスを見つめた。「早くエディスにそうさせてやらないといけないぞ、ニルス。でないと、衝撃がいちどきにやってきて、押しつぶされてしまう」
「ああ(アイ)」ニルスは眉根を寄せた。エディスが押しつぶされてしまうなんて、とても想像できない。どんなことが起ころうと見事に対処してきたあの姿こそ、彼女をすばらしいと思う理由のひとつだ。
「なあ、床入りの儀をやらないなら、兄貴はなんでまだ階下(した)にいるんだよ?」ジョーディーが話題を変える。
「おれが行く前に、ひとりで支度をする時間がほしいって言われたんだ」ニルスはそう答えてから言い添えた。「あいにく、どれくらい待てばいいのかわからないんだが」
「ふうん。でも、彼女の侍女が階段をおりてくるから、そろそろ頃合いなんじゃないか?」ローリーがニルスの背後のほうに目をやる。
 ぱっと振り向くと、モイビルが階段のなかばほどにいた。ニルスが立ちあがった瞬間、侍女は彼をちらと見て微笑み、わずかにうなずいた。エディスの準備が整った合図だろう。ニルスはゴブレットをつかんでエールを最後の一滴まで飲み干すと、また杯をテーブルにばんと置いた。
「ぐっすり寝ろよ」だれに言うともなく声をかけて階段のほうへ向かう。いっそ走りたかったが、それはやめた。ゆったりした足取りでなんとか歩いたが、今夜エディスにしてやるつもりのことを考えはじめると、足取りとは裏腹に鼓動が激しく高鳴った。きょうの午後から司祭と話をした夕方にかけて、さらには結婚式や披露宴のあいだも、そんな考えに耽るのはあえてしないでおいた。考えすぎると、式場からエディスをまっすぐ寝室へ引きずっていき、結婚のお祝いを彼女に存分にほどこしてやりたくなるからだ。