立ち読みコーナー
目次
416ページ
登場人物紹介
セラフィナ(セラ)・ニューソム     ニューヨーク市警警察官
ボウエン・ドリスコル          ブルックリン南部のマフィアの二代目ボス
コリン・ニューソム           ニューヨーク市警捜査官。セラの兄
ニューソム               セラの叔父。ニューヨーク市警警察委員長
ルビー・エリオット           ボウエンの妹
トロイ・ベネット            ニューヨーク市警警察官。ルビーの恋人
トレヴァー・ホーガン          ブルックリン北部のマフィアのボス
コナー・バノン             ホーガンの従弟。手下
ウェイン・ジブス            ボウエンの父の友人。マフィアのナンバーツー
181ページ~
 ボウエンに手を引かれてアパートメントを横切り、キッチンカウンターの上に置いたバッグをとるのがやっとだった。セラはもう一度言った。「どこに行くのか教えてくれないと」
 彼はドアのところで立ちどまり、ゆっくりと彼女のほうを向いた。「おれのことを信用しているか、セラ?」
 まるで彼は、もし彼女が間違った答えをしたら、自分の世界が崩れて炎上するとでも思っているようだった。セラはその責任がこわかった。もし彼がそれほどまでに信用、それも彼女の信用に重きを置いているなら、いずれ彼女が警察官だと彼に知られたとき、いったいどうなってしまうのだろう? ふたりが別れたとき、どうなるのだろう? 
 セラは喉が締まるように感じたが、なんとかうなずいた。「してるわ」
 彼の肩のこわばりがじょじょにほぐれていった。「次はそんなに悩むな」
「コーヒーも飲まないうちに頭をつかう質問をしないで」
 ボウエンは彼女の肩に腕を回し、自分の脇に引きよせて、ドアに鍵をかけた。「わかったよ。ビーチは好きか?」
「ええ、大好き」ふたりは並んで通路を歩いた。「ビーチがあなたの逃げ場なの? 閉じこめられたと感じるときに」
「ときどきな」ボウエンは肩をすくめた。また緊張が戻っている。「だがきょうはただの背景だ。おまえが逃げ場なんだよ、スイートハート」
 彼の言葉に、一瞬息ができなくなった。まるであとから思いついたようなつぶやき方で、それがいっそう大事なことに感じられた。だってこれは口説き文句でもジョークでもない。純粋な、嘘偽りのないボウエン。セラは彼を救いたいと思っているだけではない。彼が欲しい。以上。ああどうしよう、彼を好きになってしまった。でも“恋に落ちた”という言葉で自分のいまを言いあらわすことはできない。なぜなら“落ちた”は、もうすでにどこかに着地していることになるから。セラは高く舞いあがり、彼に引きつけられていた。視界のどこにも固い地面は見えない。自分のなかの現実的な部分はそんなのだめだと叫んでいるけど、心はますますスピードを増している。捜査が終わったとき、彼と別れることができるだろうか? そんなことを考えただけで全身が反発し、つむじからつま先まで痛みを感じる。
 階段の下までやってきたとき、ボウエンは彼女にためらうようなほほえみを向けた。彼の脇にぎゅっと押しつけられて、息が苦しくなった。彼は通りをさっと見渡し、彼女をひっぱるようにして路肩にとめてある車まで連れていき、助手席のドアをあけた。彼女が乗りこむとすぐに勢いよくドアをしめた。
 どうもゆうべから今朝までのあいだになにかがあって、そのせいで心配しているようだ。さっきは煙草を買いにいったと言っていた。なにかトラブルがあったのだろうか? 
 ウインドウをあけて大通りを走ると、さわやかな朝の空気が風音をたてて入ってくる。ビーチ向きのお天気ではないけど、ただの外出ではないことはセラにはわかっていた。ボウエンに訊いたら、答えてくれるだろうか?
 わたしが好きになったこの人はだれ? 彼女のために本気で人を殺してやろうかという男? それともわたしの頭の上に光輪を描いた人?