立ち読みコーナー
目次
360ページ
登場人物紹介
エイミー・ベンセン(ララ・ブルックス)   24歳の女性。過去に起きた事件をきっかけに、何者かに命を狙われている
リアム・ストーン              世界で最も報酬の高い建築家と言われている著名な建築家、資産家
ジャレッド・ライアン            エイミーのアパートの向かいに住んでいた男性
メグ                    エイミーが勤めていたデンヴァーの法律事務所の事務員
デレク                   リアムの親友。不動産投資会社を経営
テラー・フェルプス             リアムが雇ったボディガード
マーフィー                 リアムが雇った女医
シェリダン・スコット            エイミーの故郷であるテキサスの町の不動産をほとんど所有している有力者
チャド                   エイミーの兄
“ハンドラー”                操り手。エイミーを脅威から守る存在。手首に特徴的な刺青がある
57ページ~
 奥のキャビンを隔てるカーテンを背にして立つわたしの前に、リアムが大きな身体で閉じこめるように立ちはだかっている……あるいは守るように? いいえ、ただわたしがそう信じたがっているだけで、愚かな願望にすぎない。スチール製の機体を打つ雨音を遠く聴きながら、見つめあうわたしたちのまわりで電流が渦巻いている気がする。リアムのみなぎる力を表わすかのように。わたしには欠けている力。他人を従わせる強い力が、わたしには絶対的に足りないのだ。リアムは呼吸するようにその力を使いこなせる。彼のアクアブルーの瞳に射すくめられて、ついに観念した。どんなに抗おうと、わたしはすでに身も心も彼のものなのだ。
 濡れた服と髪による寒気と、目の前のリアムの存在感に圧倒されて、全身に震えが走った。リアムは心から気遣うような表情になり、わたしの腕をさすりはじめ、答えのでないわたしの心の押し問答を終わらせた。「毛布を持ってくる」
 背を向けて行こうとするリアムの腕をつかみ、わたしは彼をひきとめた。「わたしたちどこへ行くの、リアム?」口元をひき結び、強情に言い張った。「わたしをどこへ連れていくつもり?」
 リアムは顔を近づけて、わたしの髪を撫でながら言った。「最初の言い方のほうが正しいな、エイミー。ぼくたちはどこへ行くのか」
 柔らかく響く彼の誘惑的な言葉を必死に無視しようとした。「あなたが決めたことよ」
「きみの意志で選んでほしい」
「それなら、あなたがわたしに望む方法はどれも選ばない」
 リアムはハンサムな顔を苦しげに曇らせた。「きみの言うとおりだ。ぼくならヒッチハイクで旅をして、殺されるはめになるような方法を選ばせたりしない。絶対に、二度と。それだけはきみのためにぼくが代わって選択する」
「ミスター・ストーン」客室乗務員が緊迫した声で呼びかけた。
 リアムは気の進まない顔で、後ろをふり返った。
「予報ではもうひとつ嵐が近づいているようです。今ならなんとか迂回できます」
「すぐ座ってシートベルトをする」リアムはわたしのほうを向いた。「これから——」
「どこへ行くの、リアム?」閉所恐怖症になりかけて、今にも閉ざされた扉に駆け寄って飛び降りてしまいたくなる衝動と闘いながら、わたしは訊いた。「目的地はどこ?」
 リアムはわたしの肩を両手でそっと押さえたが、万力の圧力のように感じられた。「きみを安全に守れる場所だよ」
「それはどこなの?」
「ぼくの家だ」
 アドレナリンが一気に噴きだす。「ニューヨークってこと?」かろうじて言葉にした。
「ああ」リアムは硬い口調で答えた。「ニューヨークだ」
「無理よ」わたしは首を横にふった。「あの街には戻れない。事情があって離れたの」
「きみが戻っても、誰も気づかないさ」
 誰も気づかない。リアムの言葉に胃が締めつけられた。明日、この世からわたしが消えても、誰にも気づかれず、悲しむ人もいないだろう。