立ち読みコーナー
目次
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登場人物紹介
アニー・ホワイト                会計士
レイフ・ヴァルガス               元軍人。<ARES>のメンバー。戦略を立てるのが得意
ホーク・ローレンセン              元軍人。<ARES>のメンバー。狙撃の名手
ティーガン・ムーア               元軍人。<ARES>のメンバー。コンピュータの天才
マックス・グレイソン              元軍人。<ARES>のメンバー。法科学捜査の専門家
ルーカス・セントクレア             元軍人。<ARES>のメンバー。人質救出のスペシャリスト
ドン・ホワイト                 アニーの父親。故人。本名ジェイムズ・エマーソン
グラハム・ブロック               保安官
ミッチ・ロバーツ                ドンの生前の友人
ブロディ・ジョンソン              ドンの農場の前所有者の息子
マーティン・エマーソン             アニーの兄
マニュエル・ヴァルガス             レイフの祖父。故人
ダグラス・ロウ                 アニーの養父
キャサリン・ロウ                アニーの養母
ジェニー・ブラウン               行方不明の女性
キャシー・ベンソン               行方不明の女性
ブランディ・フィリップス            行方不明の女性
 アニーは町はずれのガソリンスタンドに立ち寄り、デンバーに戻るまえに満タンにした。
 ばかね。
 また別の殺人鬼が町にひそんでいる可能性は念頭に置いていた。あるいは、頭に浮かんだ情景は精神が不安定になっている兆候だと認識することさえ覚悟していた。
 ところが、まさか自分が誰だか気づかれてしまうとは思いもしなかった。
 いまは裸になった気がしていた。生身の自分がさらされているようだった。もう何年も感じたことのない、無防備な気分に陥ったのだ。
 神も許してくださるだろう。弱虫になるのはいやだけれど、また以前と同じようにじろじろ見られたり、指を差されたりするのは耐えられない。あるいは、死体が置かれていた核シェルターで父親ともども発見されたあとにのみ込まれそうになった、あの吐き気を催す同情にも耐えられない。
 ふと、あの美しい男性の引き締まった顔が心に浮かんだ。
 レイフ・ヴァルガス。
 すてきな人だった。魅力的で、セクシーで。彼を追い払おうとしていたのに、思わず体がざわめいてしまうほど。
 どんな女性も望みしだいに手に入れられるタイプの男性だ。
 そして、彼には知られてしまった……こちらが動揺していることを。
 それが恥ずかしくてたまらなかった。
 スウェットシャツを突きとおす早朝の空気にアニーは身を震わせ、給油ノズルを台に戻し、近くの建物に向かった。デンバーに戻り、復職を願い出るのがいちばんだ。
 そうよ。ニュートンには来なかったことにすればいい。そして、幻覚のことは……そう、しばらく無視していれば、そのうち消える。そうでしょう? 
 とはいえ、まずはコーヒーが欲しい。
 ドアを引くと呼び鈴が鳴った。コンビニエンスストアの暖かい店内にはいっていくと、奥に小さなテーブルが三つあり、年配の男たちが集まって、コーヒーを飲みながら天気の話をしていた。
 老人たちから向けられた好奇の視線を避けてアニーは店の一角に向かい、スタイロフォームのカップにコーヒーを注いだ。カップにふたをして、会計カウンターに行くと、中年の男性が焼きたてのペイストリーをガラスの容器にしまっていた。
 合図されたようにお腹が鳴った。ドーナツやフリッターやマフィンが目に飛び込んできて、思わず食欲をそそられる。
 おいしそう。
 砂糖たっぷりの油菓子に揚げ物。
 普段なら見ないようにしている誘惑的な食べ物だ。でも、今日は思いのままに吟味することを自分に許した。昨日は夕食を抜いていたし、今朝は朝食を食べ損ねた。
 自分を甘やかしてもいいんじゃない? 
 低脂肪ヨーグルトではだめな日だってあるのよ。
「おはようさん」カウンターの男の声が響いた。やっと七時になったばかりなのに、やけにほがらかな声だった。
「おはようございます」
「空気が冷たいね」男はわかりきったことを言った。「これじゃ雪は遠くへ行かないな」
 アニーは顔を下げたまま、ガラスケースをじっと見ていた。「ええ」
 世間話に応じる気のない客だとわかったようで、店の男はすぐに用件を尋ねた。「ご注文は?」
 アニーはこれと決めたペイストリーを指差した。「ブルーベリーマフィンをひとつ」
「了解」
 マフィンを手早く包んでもらっているあいだ、アニーはカウンターの端に移動した。コーヒーのカップをおろし、デビットカードを出すと、レジの奥に貼ってあるポスターに目が吸い寄せられた。
 
 行方不明者
 この女性を見かけませんでしたか? 
 情報提供に謝礼あり
 ニュートン警察署にご一報ください
 
腹にこぶしをたたきこまれたかのように、アニーははっとして息を洩らした。「嘘でしょう?」
 まさにこういう事態を予想していたのだが、それでも茫然とするような衝撃を受けてしまった。
 店の男はマフィンを入れた袋をコーヒーの横に置き、好奇心を剥き出しにしてアニーをじろじろと見た。「どうかしたかい?」
 アニーは頭を振って、ポスターを差し示した。「この人はまだ行方不明なの?」
「ああ」男は樽のようにがっちりとした胸の上で腕を組み、見せかけではなく本当に心配そうな表情を浮かべた。「ジェニー・ブラウン。地元の子だ」
「いついなくなったの?」
「八日まえだ」そう言って顔をしかめた。「デモインに出かけたきり、帰ってこなかった。おおかたの連中は、インターネットで知り合った男と駆け落ちしたんじゃないかと思ってる」
 男の幅の広い顔をアニーはじっと見た。その意見は信じていないようだ。信じていたら、行方不明者のポスターを店に貼りだしはしない。
「でも、あなたはちがうと?」とアニーは水を向けた。
「ありえないわけじゃないとは思うよ。ジェニーが亭主に隠れて浮気をしたのだとしても、初めてのことじゃない」気が進まなそうに男は打ち明けた。「でも、子どもを置いて出ていくなんてジェニーらしくない」
 妙なことに膝から力が抜けてしまい、アニーはカウンターの縁にしがみついた。「子どもがいるの?」
 店の男はうなずいた。「男の子がひとり」
“被害者にはみな子どもがいた。わたしは別として”