立ち読みコーナー
目次
464ページ
登場人物紹介
マーサ・ラッセル              シートン・パークの前領主、故リチャード・ラッセルの未亡人
テオフィロス(テオ)・マークウッド     マーサの隣人。ペンカラの領主である准男爵の長男
ミスター・アトキンズ            シートン・パークの副牧師
ミスター・キーン              故リチャード・ラッセルの事務弁護士
ジェイムズ・ラッセル            故リチャード・ラッセルの弟
アンドルー                 マーサ・ラッセルの兄
シェリダン                 マーサ・ラッセルの侍女
ミセス・キーニー              家政婦
ミスター・グランヴィル           ペンカラの土地管理人
ミセス・ウィーヴァー            ペンカラの農業労働者の妻
ミスター・バロウズ             ペンカラの農業労働者
105ページ~
 彼女は子種を買った。だから彼はどんなことをしても、子種を与える。テオは腰を前に突きだした。機械的に。そうしながら、彼の耳にみだらな言葉をささやく女たちのことを考えた。みだらな言葉で彼を誘い、駆りたてる。
 いいぞ。ずっといい。テオは頭を彼女の肩につけて、はげしく突きあげた。もし頭をあげたままだったら、その音は聞こえなかっただろう。だが彼の耳は彼女の口元近くにあり、その口から洩れた、耐え忍んでいる者のかすかなため息を聞いた。
 その音は、まるで矢のように——キューピッドの矢の正反対だ——彼の心を突き刺した。
「頼むから……」いったいなんて言えばいい?  “頼むから、その嫌悪を隠してくれ”?  “頼むから、そんなあからさまに早く終わればいいという態度はやめてくれ”? テオはスピードを増した。とにかく終わらせるんだ、でないと——
「話すなってこと? それはもう聞いたわ。だから話していないでしょう」この女はなんにもわかっていない。
「ちがう、そうじゃなくて……」言葉を考えられない。「すまない、ただ……」ちくしょう、まずい。萎えはじめているのを感じる。「きみが……そんなでは……」“不可能だ”。“まるで罰のようだ”。“過酷な仕事だ”。「ハードすぎる」
 彼女は弾かれたように、彼から離れた。「あなたの状態を逐一描写してくれなくてけっこうよ」
 冗談だろ。ほんとうにそんなに無知なのか? 自分で感じられないのか?  「ちがう、ぼくは“難しい”という意味で言ったんだ。きみが……これを続けるのを……難しくしている」テオは彼女の顔を見られなかった。事実を伝えるのは、思っていたよりもずっと、ずっとばつが悪かった。
 また彼女がびくっとするのを感じた。自分のまちがいに愕然としたように。つかの間、彼女がおのれの誤りを認めてなにかしてくれるかと期待した。なにか、彼が仕事を終わらせる助けになることを。だが彼女は言った。「どうしてそれがわたしのせいなのか、わからないわ」その声はいままで聞いたこともないほど冷淡に響いた。「あなたのお愉しみのじゃまをしているわけでもないのに」
 それがとどめだった。テオは彼女から滑りでた。死んだなまずのように、つかいものにならなくなって。そのあとはよく憶えていない。まだ腰に巻かれていた彼女の脚をはずしたはずだ。彼女から離れ、男の面目を失ったショックで、よろよろとそばの壁の前まで行った。彼女のとどめのひと言が頭のなかで、こだましていた。“あなたのお愉しみのじゃまをしているわけでもないのに”。“ちがう”と彼は思った。“なんにもしないのが問題なんだ! こんなんじゃ、死体を抱いたほうがましだよ!”
 彼が思ったのはそういうことだった。いや……もしかして……声に出して言ってしまったのか? 
 テオは沈黙のなか、ぜいぜいと荒い息をつき、壁紙のフルーフ・ド・リス模様に目の焦点を合わせようとした。くそっ。まずい。ほんとに言ってしまったのか? 
 勇気を出して彼女を見てみた。ああ。言ったらしい。
「くそっ」壁紙に額をつけてつぶやいた。「すまない」ちらっとうしろを見た。
「いいえ……」彼女は顔を蒼白にして、じっとそこに坐ったまま、床を見つめていた。「悪いのはわたしよ。もっと努力するわ」
「ちがう!」テオはばっと壁からふり向いた。「なんでわからないんだ? 男が愉しめると思ってるのか?  “努力”して耐えている女を抱いて」
 答えはなかった。もちろんそうだろう。彼女は自分をさらけ出すことをしない。いままでずっとそうだった。いまそれを変える理由はない。彼を見ることさえしないじゃないか。そこに坐ったまま、自分の室内履きのつま先を見つめ、彼が腹立ちを発散させて、また仕事に戻るのを待っている。
 無理だ。テオは首を振り、かがんで床に落ちていたズボンを拾った。
 彼女はそれを見た。「なにを——」
「もうだめなんだ」テオは彼女のうろたえたような言葉をさえぎり、よろこびを感じた。うろたえればいい。たまにはこの取引で気まずい思いをするほうになってみろ。いまだけでも。
「どうにかして——」
「どうにもならない。もうだめだよ。もう遅い」彼はズボンをはきながら横目で彼女を見た。必死に考えている。
「図書室に官能小説があると思う」しばらくして、室内履きから目を離さないまま、そう言った。「ひょっとしたらそれで——」
「いや、無理だ」片手でまだボタンをしていないズボンを押さえ、もういっぽうの手でシャツ、ウエストコート、クラヴァットをかき集めた。「コックを女のなかに入れていて硬さを維持できなかったら、官能小説なんか役に立つわけがない」