立ち読みコーナー
目次
368ページ
登場人物紹介
エイミー・レイノルズ(ベンセン)    24歳の女性。過去に起きた事件をきっかけに、何者かに命を狙われている
リアム・ストーン            世界で最も報酬が高いと言われている著名な建築家、資産家
ジャレッド・ライアン          エイミーのアパートの向かいに住む男性
ダーミット・ウィリアムズ        エイミーのデンヴァーでの雇い主。エヴァーナイト法律事務所の顧客
ルーク・エヴァーナイト         エヴァーナイト法律事務所の代表
メグ(メーガン)            エヴァーナイト法律事務所の事務員
デレク                 リアムの親友。不動産投資会社を経営
マイク                 投資家
チャド                 エイミーの兄
“ハンドラー”              操り手。エイミーを脅威から守る存在。手首に特徴的な刺青がある
クロエ・モンロー            エイミーのニューヨークでの友人
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 気さくに自分のことを話してくれる彼の優しさに胸がいっぱいになり、わたしはリアムの顎をそっと撫でた。誰かと話すのは、誰かと触れあうのは、なんて心地のいいものだろう。そして彼に触れることは……。「あまりにもばかげた表現ね。それにあなたにはまったく当てはまらないわ」
 リアムがわたしの腰に腕をまわす。「本当にそう思う?」
 十八の頃から出会う人々を注意深く観察し、危険な人物ではないかどうか確認を重ねてきたわたしだが、空港の搭乗ゲートでリアムと目が合った瞬間から、彼は信用できると感じていた。「ええ」わたしはためらうことなくうなずいた。「本当よ」二人を包む空気が電気を帯びたような気がした。リアムとはこんなにも経験の差があり、絶望的な状況にもかかわらず、彼がそばにいてくれることでわたしは安らぎと力を得られた。「お金持ちで、天才で、イケメンなのはずるいけど、魅力的でおもしろい人だから許してあげる」
 リアムの瞳が暗くかげり、熱っぽく揺らいだ。「きみの言うとおりだ」わたしの背中を両手で抱き寄せて、ぴったりと身体を重ねる。
 彼の硬い胸にあてたてのひらに、とどろくような鼓動が伝わってきて、わたしは彼の痛い部分を刺激してしまったのだろうかと不安になった。「なにが?」
「ぼくがきみに見せたいと思うとおりのことを、きみは言ってくれたよ。だがエイミー、ぼくにはきみが見せたい以上の部分までわかる」
「それはやめて」
「やめられない」リアムはわたしに唇を重ね、ゆっくりと誘いかけるように舌を入れてきた。「今さらもう後戻りはできないよ」
 いつの間にかリアムと親密に脚を絡めあっていて、わたしは彼の頬に手で触れた。「ええ」ささやき声で答える。「後戻りはできないわ」
「だがまだじゅうぶんじゃない」目にかかったわたしの髪を優しく払い、熱情に荒くかすれた声でリアムが言う。
 彼への強烈な想いが、胸の奥底からマグマのように湧いてきて、全身をゆるがした。この人はいったいどこへわたしを連れていこうとしているのだろう。ついていくべきではないのに、行き先を知りたい気持ちを抑えきれない。逃げて隠れたい気持ちと、とどまって闘おうという気持ちが、わたしのなかで激しくせめぎあっている。
 リアムはそんなわたしの葛藤を察したのか、優しく命じた。「電気を消して、エイミー」
 わたしは心を守りたくて、あえて疑問を抱かず、命じられたとおりにランプの明かりを消した。安心する暗闇に包まれる。後ろからわたしを胸に抱き寄せて、自分のものだと言いたげにお腹に手を広げているリアムの存在も、安らぎを与えてくれた。わたしは目を閉じて、彼の腕のなかで肩の力を抜いた。彼は安心できる隠れ家なのか、それとも逃げなければならない現実なのか、わたしにはわからない。でも今この瞬間は、彼は味方だと信じることができた。
 リアムの熱い息がうなじにかかり、唇が耳に触れる感触に、背筋が甘くわなないた。もう一度、キスされたい。身体に触れられ、ファックされたい。彼が欲しい。今夜だけは。今はもうなじみのある彼のスパイシーな香りを、味わうように深く吸いこんだ。今回は過去の断片が脳裏をよぎることはなかった。優しい暗闇とふかふかのベッド、そしてわたしを抱きしめていてくれる頼もしい男性がいるだけ。
 
まぶしい光に目を瞬き、わたしはしばらくじっとしたまま、自分がどこにいるのかを把握しようとした。見慣れないクローゼットのドアがまず目に入った。新しいアパートメント。デンヴァー。リアム。わたしはがばっと飛び起きて、部屋を見まわしたが、彼はどこにもいなかった。胸がちくりと痛んだ。リアムは行ってしまった。昨夜、ホテルから持ってきてもらったデジタル時計を見た。十一時。彼が帰るのはあたりまえだ。わたしはたくさんの行きずりの女たちの一人にすぎず、彼には仕事があるのだから。
 どうしてこんなに朝寝坊を? そもそもあんな出来事があって、どうして悪夢も見ずにぐっすり眠れたの? 
 ゴジラが襲わないようぼくが食いとめておくよ。リアムは飛行機のなかでそう言った。そしてそのとおりにしてくれたのだ。彼のおかげで、無事に夜を切り抜けられた。セックスという形で互いに肉体を利用するのと同時に、わたしはリアムを精神的な逃避手段として利用した。自分の状況以外に彼という心を向ける対象ができて、トラウマを封じ、どうにか正気を保っていられた。その予期せぬ天からの贈り物である彼は、もういない。
 ふたたびひとりぼっちになった空しさをふり払うように、わたしはベッドを降りた。何年もこうして生きてきたのだもの、今度もできるわ。それにまったくの天涯孤独というわけじゃない。危険が迫ったときは、いつもハンドラーが救いの手をさしのべてくれた。彼の存在はずっと心のなぐさめだった。けれども今回は、その効き目はなさそうだ。今度のような目にまた遭ったら、もう乗り越えられないかもしれない。自分だけの逃亡手段を考えておかなければ。誰にも――守護者であるハンドラーにさえも――見つからずに逃れる方法を。
 明るい光のなかでアパートメント全体をチェックしようとリビングルームに行き、わたしは驚きに息をのんだ。キッチンのテーブルの上に、手紙を添えた包みがある。ぞっとして背筋が冷たくなり、思わず壁に手をついて身体を支えた。ハンドラーはこの部屋の合い鍵を持っている。