立ち読みコーナー
目次
608ページ
登場人物紹介
オーブリー・ハミルトン             小学校教師
ジョシュア・ハミルトン(ジョシュ)       オーブリーの夫。医学生
チェイス・ボーデン               ジャーナリスト
デイジー・ハミルトン              ジョシュの母親
トム・ハミルトン                デイジーの夫。大学教授
メーガン・ラシター               オーブリーの親友。カフェのオーナー
タイラー                    オーブリーが里親のもとで一緒に育った男
リンダ・ピアース                オーブリーの学校の校長
エド・ハードステン               ジョシュの実父
デレク・アレン                 ドラッグの密売人
アーロ・トントゥリアン             ジョシュの友人
ケビン・サルマン                ジョシュの友人
マリー・トレントン               オーブリーの母親
ダニエル・カッター               メーガンの元夫。私立探偵
マイケル・エドワーズ              デイジーが産んだ子供の父親
ロバート・ボーデ                チェイスの養父
サンドラ                    オーブリーの里親
83ページ~
 チェイスの目に吸いこまれ、そのなかに落ちていく感じがした。ダークブラウンの瞳に溺れ、身を任せることができたら、どんなに楽だろう。自分でもどうしたいのかわからないまま、チェイスのほうに身をのりだす。顔の輪郭はジョシュと似ているが、顎は違った。目も違う。正直なところ、夫とは似ても似つかない。それなのに、何かが……。
「どうも、おふたりさん。何してたの?」
 メーガンの明るい声で、オーブリーははっとわれに返り、チェイスにつかまれていた手をさっと引っこめた。
「何って……おしゃべりしていただけよ」しどろもどろになっているのが自分でもわかる。水を飲まないと。水を飲んで、ぼんやりした頭をはっきりさせる必要がある。
 メーガンがオーブリーの隣に腰をおろし、彼女の肩をつかんだ。「ペースを落とさないと。リンダは家に帰ったわ。まだここにいてくれてよかった。夜の町に繰りだしたんじゃないかと思ったから」
「町に繰りだすのはこれからさ」チェイスがさらりと言った。「今は、お互いを知ろうとしているところだ」
 メーガンがじっとふたりを見て、眉をつりあげた。「お邪魔だったかしら?」
 オーブリーは笑った。その声は甲高く、ヒステリックにも聞こえた。わたしったら、酔っ払っているんだわ。そう考えると、またしても笑いがこみあげた。「そんなことないわ。ただ話していただけだもの。チェイス、続けて。なんの話だったかしら?」
 チェイスがすぐに話し始めたので、オーブリーは彼のことが好きになった。まるで、わたしが酔っ払っていることも、先ほどの話を秘密にしたいと思っていることも了解しているかのようだ。
「さっきも言ったように、シカゴはこの冬、数十年ぶりの悪天候だった。体が凍るんじゃないかと思ったよ。もっとあたたかいところに行きたくて、飛行機のチケットを予約したんだ」
 オーブリーはチェイスの口が動くのを見ていた。すてきな唇。ふっくらとしているが厚すぎず、ほどよくやわらかそうだ。唇の薄い男性とはキスしたくない。
 ああ、なんてこと。わたしったらすっかり酔っ払っているんだわ。
 メーガンは黒いビールを飲んでいた。見た目から判断するに、おそらくギネスだろう。ひと口すすると、上唇に泡がついた。「つまり、ただ座って、天気の話をしていたわけね。まったく。チェイス、あんたはなんの仕事をしているの?」
 チェイスが一瞬、顔をしかめたように見えた。
「フリーランスのライターをしている。記事を書いているんだ。つまらない仕事さ、ほとんどずっとパソコンとにらめっこでね。でも生活は成りたつ」そして、高架鉄道で見つかった改造iPhoneにまつわる話を始めると、緊張感は消えた。
 三人は延々と話し続けた。チェイスがいろいろな話で場を盛りあげると、メーガンがほら話で応戦した。オーブリーは、ごく普通の友人と、ごく普通の夜の外出を楽しんでいる、ごく普通の女のふりをした。会話に応じ、楽しみさえしたが、ふと時計を見ると、午前一時になろうとしていた。ほろ酔いというには酔いすぎていたし、疲れ果てている。オーブリーは家に帰りたくなった。メーガンが来てから、チェイスとオーブリーは平静を取り戻していた。わたしたちはただ、共通の話題を見つけたというだけ。ほんの少しのあいだ、一緒に酒を飲んだだけ。
 オーブリーは立ちあがった。「楽しかったけど、そろそろ帰らなきゃ。二十五キロ走ったのがこたえてるみたい」
 メーガンがハグをした。「あたしはまだいるわ。明日はお昼開店だし。チェイス、もう一杯飲む?」
「残念だけど、ぼくも帰らないと。朝の便でシカゴに戻るからね。オーブリー、そこまで送ろうか?」
 チェイスがオーブリーの目を見つめる。オーブリーはどこを見ていいかわからず、その目を見つめ返した。
 突然、脳裏にこれからの映像が浮かんだ。
 言葉は交わさない。何か話せば魔法がとけてしまうと、ふたりとも知っているからだ。黙ったままバーを出ると、角を曲がってカフェの裏にある駐車場へ向かう。肌に触れはしないが、互いに意識している。家までは車で五分もかからない。チェイスはキッチンまでわたしを追いかけてくるだろう。ドアが閉まって警報装置を解除したら、その腕にわたしを抱きかかえる。
 唇が触れた瞬間に、はっと気づく。
 ジョシュだったのね。
 自分が心のまわりに築いていた壁が崩れ落ちる。わたしは愛撫(あいぶ)に応じ、激しく愛撫を返す。キッチンから出る間もないかもしれない。
 彼はキスをしたまま、わたしをカウンターに押しつけ、ワンピースをたくしあげる。そうしながら下着を脱がせて、さっと避妊具をつける。わたしが低いうめき声をあげると、彼もそれにこたえる。きっとあっという間に終わってしまうだろう。
 そのあと寝室へ移動して、また同じことを繰り返す。そして、もう一度。
 いったいどのくらいの時間がたったのだろう。数分だろうか? 数時間だろうか? 数年なんて、あっという間に過ぎてしまう。ずっと会いたかった。ようやくジョシュが帰ってきたのだ。