立ち読みコーナー
目次
888ページ
登場人物紹介
フュアリー               黒き剣兄弟団。ヴァンパイアの戦士
コーミア                ヴァンパイアの〈巫女〉
ザディスト(Z)            フュアリーの双児の兄、戦士
ジョン・マシュー            戦士の訓練生
クイン                 ジョンの友人。戦士の訓練生
ラッシュ                名門貴族の子。戦士の訓練生
ブレイ(ブレイロック)         戦士の訓練生
ヴィシャス(V)            黒き剣兄弟団。ヴァンパイアの戦士
ブライアン(ブッチ)・オニール     黒き剣兄弟団。元刑事
マリッサ                ブッチの妻
ラス                  ヴァンパイア一族の王
レイジ(ハリウッド)          黒き剣兄弟団
リヴェンジ(レヴ)           クラブ〈ゼロサム〉オーナー
ゼックス                クラブ〈ゼロサム〉警備主任
ベラ                  ザディストのシェラン。リヴェンジの妹
アマリア                巫女
180ページ~
 フュアリーはドアを押して大きく開き——
 あっ……しまった。コーミアはベッドのうえに脚を組んで座り、濡れた髪を編んでいるところだった。そばにタオルがある。ぱたぱたという音のもとはこれか。そしてローブが……ローブの胸もとが大きくV字形に開いている。乳房の柔らかなふくらみが、いまにも完全にあらわになりそうだった。
 乳首はどんな色をしているだろう。
 あわてて目をそらした先には、ラヴェンダー色のバラが一輪、ベッドサイドテーブルのクリスタルの花瓶に飾られていた。
 わけもなく胸が締めつけられ、彼はまゆをひそめた。「それで、ジョンとは楽しかった?」
「はい、おかげさまで。とてもよくしていただきました」
「それはよかった」
 コーミアはうなずきながら、編んだ髪の端を白いサテンのリボンで結んだ。ぼんやりした照明の光で、太い三つ編みが黄金のように輝いている。ただ惜しいことに、彼女はその髪をうなじで丸めてまとめてしまった。もう少し眺めていたかったが、顔のまわりには早くも後れ毛がふわりと現われたから、それで我慢するしかない。
 まるで一幅の絵だ。紙とペンが欲しいと思った。
 不思議だ……いつもと様子がちがう。だがそれを言うなら、頬に赤みがさしているのもいつもとちがう。そのせいだろう。「ふたりでなにをしてたの」
「わたし、外を走ったんです」
 フュアリーはさらにまゆをひそめていた。「なにかこわい思いでもしたの」
「いいえ、走ってみたかったものですから」
 髪をなびかせて、裏庭の芝生を走るコーミアの姿が目の前をよぎった。「それでジョンはなにをしてた?」
「見てらっしゃいました」
 なるほど。
 フュアリーが口を開く間もなく、コーミアが先を続けた。「おっしゃるとおり、とても親切なかたですね。今夜は映画を見せてくださるんですって」
「そう」
「テレビの使いかたも教えていただきましたわ。それに、これをくださいましたの」そう言って、コーミアは手をこちらに伸ばしてみせた。「このようなものを身に着けるのは初めてなんです。いままで〈巫女〉の真珠しか持っていませんでしたから」
 胸もとに下がるつややかな涙滴に手を当てる彼女に、フュアリーは責められているような気がして目を細めた。しかし、こちらを見る彼女の目は天真爛漫だった。部屋の奥のバラのつぼみのように穢れなく美しい。
 自分はいかに彼女をほったらかしにしていたことか。ジョンの心遣いと引き比べると、それがいよいよはっきり見えてくる。
「申し訳ございません」コーミアの声が小さくなった。「このブレスレットは外します——」
「その必要はない。似合ってるよ。とても」
「贈り物だっておっしゃるので」ささやくような声。「うれしくて」
「外す必要なんかないよ」フュアリーは深く息を吸って室内を見まわし、複雑な構造物に気づいた。楊枝と……豆だろうか。「あれはなに?」
「えっ……あら」と言ってさっと近づいていった。それがなんであれ、隠しておきたいというように。
「なんなの」
「頭に浮かんだものなんです」こちらを見る。と思ったらあちらを向いた。「まだ作りはじめたばかりで」
 フュアリーは部屋の奥に歩いていき、彼女のとなりに膝をついた。楊枝をつなぐ豆から豆へ、そっと指を走らせた。「すごいね。家の枠組みみたいだ」
「ほんとに?」彼女も膝をつく。「ただの思いつきなんですけれど」
「おれは建築と美術が趣味なんだが……この構成はみごとだね」
 コーミアは首をかしげて、構造物をしさいに観察している。フュアリーは微笑んだ。自分も絵を描くとき同じことをしている。
 ふと思いついて、「彫像の廊下へ行ってみようか。少しぶらぶらしてみようと思ってたんだよ。階段の向こう側にあるんだけど」
 彼女は顔をあげて目を合わせてきた。その目に浮かぶ理解の色にぎくりとする。
 いつもと様子がちがって見えたのはそのせいかもしれない。彼女のこちらを見る目が変わったのだ。
 まずい、ほんとうにジョンを好きになったのかもしれない。つまり異性として。だとしたら、どれぐらい厄介なことになるか知れない。
「ええ、ぜひごいっしょさせてください」彼女は言った。「彫刻を見てみたいと思いますわ」
「そう、それは……それはよかった。じゃあ、行こうか」立ちあがると、これと言った理由もなく手を差し出した。
 ややあって、彼女は手のひらを滑り込ませてきた。互いに互いの手をにぎりながら、フュアリーはふと気づいた。最後にどんな意味でも身体を触れあわせたのは、彼のベッドでのぶっ飛んだ朝のことだった……性的な夢を見て、目が覚めたら彼女にまともに覆いかぶさっていたのだ。
「行こう」つぶやくように言って、彼女の手を引いてドアに向かった。