立ち読みコーナー
目次
512ページ
登場人物紹介
デルシー・フリーストーン      スタニスラウス音楽大学の大学院生
グリフィン・ハマースミス      デルシーの兄。FBI特別捜査官
エリオット・ヘイマン        スタニスラウス音楽大学の学長
ラファエル・サラザール       エリオットの双子の弟。スタニスラウス音楽大学の客員教授
マリア・ローサ           エリオットとラファエルの母親
アナ・キャッスル          デルシーの親友。スタニスラウス音楽大学の学生
ガブリエル・デュボア        スタニスラウス音楽大学の学生
アーノルド・ラッカー        麻薬取締局の捜査官
ヘンリー・ストルツェンス      デルシーと同じ建物に住む隣人
ルース・ノーブル          FBI特別捜査官
ディックス・ノーブル        ルースの夫。保安官
トーマス(トミー)・クローニン   大学生
パーマー・クローニン        トミーの祖父。連邦準備制度理事会元議長
アビラ・クローニン         パーマーの妻
ウォルター・ハート         トミーの友人。愛称ストーニー。証券アナリスト
ウェイクフィールド・ハート     ウォルターの父。金融コンサルタント
ピーター・ビアッギーニ       トミーの友人
オーガスト・ビアッギーニ      ピーターの父
メリッサ・アイビー         トミーの恋人。ジョージ・ワシントン大学の学生
マリアン・ロッジ          トミーのおば
ディロン・サビッチ         FBI特別捜査官
レーシー・シャーロック       サビッチの妻。FBI特別捜査官
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「話してみろよ」
 なかなか声が出ない。グリフィンは待った。ようやく彼女がささやくような小声で話しはじめた。「夢を見たの。小さな部屋にいた——うちのバスルームくらいの広さ。窓がなくて、壁がまっ白で、でもただ白いんじゃなくて、グリフィン、床で死んでる男たちの血が飛び散ってるの。そしたら死体が全部、起きあがって、わたしを見た。わたしを責めてるみたいだった。そのうち、こんどは死体が悲鳴をあげだした。言葉にならないわめき声を撒き散らしてた。あたりは血だらけだった。血が噴きだしてね——まっ赤な濃い血で、わたしは裸だった。体の前面に血を浴びて、その血が流れ落ちてた。熱い血だったのよ、グリフィン。わたしを焼きつくそうとしてるみたいに熱かった」
 妹の無意識が実際に起きたことをねじ曲げて、異様な夢を見させたのではないか、とグリフィンは考えた。ひょっとするとその異様さのなかに真実の核心が紛れこんでいるかもしれない。「死んだ男たちが起きあがり、おまえを見て悲鳴をあげだしたというのは、おまえが記憶している以上になにかを見たり聞いたりしたことを夢が伝えようとしてるのかもしれないぞ。頭を使え、デルシー。その点をよく考えてみるんだ」
 しかし、まだ凍りついているデルシーの脳には、論理的な思考ができなかった。「夢のなかの死者たちはね、グリフィン、全員がバスタブにいた男だった。あの男は誰なの、グリフィン?」
「いずれ突きとめるさ。さあ、しばらく目を閉じて、考えろ——いや、バスルームの情景を頭に思い描いてみるんだ。なにか見えるか? 音はしないか?」
 妹の呼吸が速くなったので、落ち着かせようと手を撫でた。「そう、いいぞ、心を鎮めて」
「そうね、いまになってわかった。ほかに男がふたりいる。ひとりはスペイン語でどなってる。わからないけど、悪態をついてるみたい。でも、夢のなかの男たちみたいにわけのわからない言葉じゃない。待って、グリフィン、男がひとり見えた——ちらっとだけど——ヒスパニック系の若い男。そのあとわたしはなにかで頭を殴られ、気を失った」
「じゃあ、ヒスパニック系の男の片方がおまえを殴り倒したんだな。夢に出てきた男たちのなかにヒスパニック系はいたか?」
「ううん。さっきも言ったとおり、みんな死体と同じよ。白人だった」
 グリフィンは妹の両手を握りしめた。「ほどなく死んだ男の正体が判明するはずだ」
「じゃあ、アナも知らなかったのね?」
「ルースがアナに聞いたところによると、何度かしゃべったことがあるだけだそうだ。愛想のいい男性だったが、知っているのは町に来て日が浅いことだけで、名前すら知らなかったという話だ」
「アナはどこ? どうしてまた会いにきてくれないの?」
「時間ができたら来てくれるさ。夢のなかの男たちのことをもっと聞かせてくれ」
「彼の顔はここ、わたしの目の前にあるの、グリフィン。男たち全員の顔が。どれも生身の人間というより、石膏みたいに白くて、でも頬に黒くヒゲが生えているのが見える。そんな顔が目の前から離れないの」
「どんな顔だか話してくれ」
「丸い顔だった——肉付きがいいって、兄さんなら言うかも。少年っぽくって、目は彼と同じでみんな開いてた。驚いたみたいな顔よ。口も開いてて、前歯が見えてた。でも、血が、血がすごかった」彼女は口を閉ざして、内面をのぞきこむような顔つきになった。「保安官に死体の男の人をホルコム銀行の近くと〈モーリエのダイナー〉で見かけたことを話したけど、でも、いま思いだしたの、グリフィン。ブレーカーズ・ヒルでも会ったかもしれない。三日前の、アナとスノーボードに出かけた日よ。カーブに失敗したアナが木立に突っこんでいって、お尻から落ちたの。わたしが笑いながら大騒ぎしていると、彼が小道の脇に立つカエデの木立のところにいるのが目に入った。こんなところでなにをしているのか、と思ったわ。そりもスノーボードも持ってなかったから。彼はさっと後ろに下がった。姿を隠すみたいに、大急ぎで。でも、グリフィン、うちのバスタブで死んでた男にそっくりだった」
 おもしろいことになってきた。「夢のなかの男たちはおまえになにかをどなってたんだろ? 考えてみてくれ、デルシー。なにか意味のある言葉が含まれてなかったか?」
 デルシーはしばらく兄を見ていた。「ううん、意味不明の音だった。夢がわたしに対するメッセージだと思ってるんでしょう? 彼らは男の人が殺されたのはわたしのせいだと責めてたんだと思う?」デルシーはグリフィンを通り越して、舞い散る雪が広がる窓を見た。暖かな病室から見る雪景色はさぞかし美しいことだろう。だがバスタブにいた男性には、もはやぬくもりはない。