立ち読みコーナー
目次
568ページ
登場人物紹介
ララ・チャーチ             カメラマン。大学の非常勤講師
ジェームズ・ベック           テキサス・レンジャー
リック・サントス            テキサス・レンジャー
キャシディ・ロバーツ          ララのいとこ。ギャラリーの経営者
ジョナサン・マシュウズ         ララの隣人
マイク・レインズ            シアトルの私立探偵。元警察官
スーザン・レインズ           マイクの妻。故人
タラ・レインズ             マイクの娘。故人
ダンニ・ローム             ララの生徒。ウエイトレス
ティム・グレゴリー           ララの生徒
エドナ・バウワー            ララの祖母
マック・リバーズ            ダイナーのオーナー
ルウ・エレン・フィスク         テキサスの一人目の被害者
グレッチェン・ハート          テキサスの二人目の被害者
ブレア・シルヴァー           テキサスの三人目の被害者
パメラ・デイヴィス           テキサスの四人目の被害者
メリンダ・アッシュバーン        鑑識係
ハンク・ワッターソン          検死医
ジョー・グレンジャー          医師。公安局とテキサス・レンジャーのコンサルタント
スティーヴ・ベック           ジェームズの弟。FBI捜査官
87ページ~
 オースティンの新聞とテレビは身許不明のサン・アントニオの死体について何日か報じ、その後身許が判明したことについても報道していたが、手がかりがそれで途切れると、報道されることもなくなったのだった。「死因はわからないが、白いドレスを着ていたのはたしかだ」ベックは両手をベルトに載せた。厚い革がぎしぎしいった。「いろんなものにさらされていたんでね。太陽や動物のせいで体のほとんどは失われていた」
 女の唇が引き結ばれる。「新聞にはそういうことは何も書かれてなかった」
「それは地元の警察がわざと公表しなかったからだ。必要になるまで手の内は見せたくないものだ」
 森から出てきたときに女の頬に差していた赤味(あかみ)は消えていた。「最初の女性の名前はルウ・エレン・フィスク。聞き覚えは?」
「ないわ」
「グレッチェン・ハートは? 昨日の朝、死んでいるのが見つかった女性だ」
「いいえ」
 反抗的とも言えるにべもない答えに、ベックは忍耐が切れそうになった。今回の事件にはかかわりたくないということか。このまま帰ってくれと思っているわけだ。そうはいくか。「その男の手が首にまわされたときのことは覚えているのかい? ゆっくりと息が奪われていくのがどういう感じかは?」
 女が目をみはる。そこに恐怖が浮かび、やがて怒りが戻ってきた。「わたしにショックを与えて記憶を引きだそうというわけ? それとも、あなたの用意した医者のもとへ駆けこませようという魂胆? そうだとしたら、もっとうまくやらないといけないわね」
「ふたりの女性が亡くなっているんだ。多少は協力してもらってもいいはずだ」
 女は苛立って息をついた。「わたしが覚えているのは、病院で目が覚めたことだけよ。喉が焼けるようで、話すこともできなかった。顔と首にあざがあって、目は充血がひどくて鏡を見たときに瞳がわからないほどだった。絞殺魔にあやうく気管をつぶされるところだったって医者が言っていたわ。今もまだ声がかすれているのはそのせいよ」
 なぐられてあざだらけの彼女の顔を想像し、腹のなかで燃え立っていた怒りがおさまった。「どうやって逃れたのかはわかっているのかい?」
「誰かが通りかかって、わたしが襲われているのに気づいたらしいわ。わたしはそのときには気を失っていたにちがいないけど、通りかかった男性とその恋人が通報し、わたしを襲っていた人間は逃げたそうよ」
「どこで襲われたんだい?」
「マイク・レインズと話したんだったら、わたし以上に詳しく知っているはずでしょう」苛立ちがことばの端々にあらわになっている。
 時間ができたら、レインズがよこしたファイルを隅から隅までよく読もう。「きみの話をこの耳で聞きたいんだ」ベックは抑揚のない冷静な声を保った。
「パーティーがあったの。そこで飲みすぎたので、タクシーをつかまえてアパートメントまで帰ったわ。鍵を鍵穴に差したのは覚えてる。でも、次に覚えているのは病院だった」
「ほかのシアトルの被害者たちは高速道路脇で発見されている」
「当時、そのことは何もかも新聞に書いてあったから、わたしもそうだけど、女性だったら、ルート10に近づこうとは思わなかったはずよ。でも、まさか犯人がわたしのアパートメントの建物のなかにひそんでいるなんて思いもしなかった」
 ベックは一連の事件についての自分の記憶をさらった。「ほかの被害者たちには前科があった」
 彼女は手で首の横をさすった。「でも、わたしにはなかった。ええ、知ってるわ。わたしが嘘をついているにちがいないと思った警官もいて、わたしの過去を徹底的に洗っていたから。結局、わたしの言ったことが真実だとわかっただけだったけど。十六のころに切られたスピード違反のチケットだけ。わたしの知っていることは全部レインズ刑事のファイルにあるはずよ」
「きみを襲った人間について以外は。それについてはきみの頭のなかに封じこめられているんだ、ミズ・チャーチ」
 彼女は額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐった。「それを開ける鍵は失われてしまったの。記憶をとり戻す方法はないのよ。さあ、お帰りくださいとお願いするしかないわ。一時間以内に街へ行かなくちゃならないから」
「もうすぐ個展のオープニング・パーティーがあるんだろう?」
「そうよ」
「写真の?」
「ええ」
 ベックは上着のポケットに弾丸を入れ、昨日の犯罪現場で撮られた死体のインスタント写真を二枚とりだした。「こんな写真かい?」
 ミズ・チャーチは写真を受けとって現場に横たわるグレッチェン・ハートの姿をちらりと見た。すぐさま青ざめ、よろめいて写真を返してよこす。「あなたっていやな質問ばかりするし、やり方もいやらしいのね」
 ベックは良心のとがめを感じなかった。「おれがどんな事件を解決しようとしているか、じかに見れば、心を開いて協力してくれるかと思ってね」
「ここから出ていって、レンジャー。もう何もお話しすることはないわ」
 ベックはゆっくりと写真を胸ポケットにおさめた。「今日のところは失礼するよ、ミズ・チャーチ。でも、すぐにまた会うことになる。それはたしかだ」
 ショットガンの銃床をつかむと、ミズ・チャーチは背を向けて家へ向かい、そのあとを犬が追った。
 彼女が玄関のドアに達したところでベックは声をかけた。「シアトルの絞殺魔がまた活動をはじめたんだとしたら、最後の被害者が住んでいるところからたった三、四十キロのところで事を起こすとは少々おかしなことだとは思わないかい? きみはどうかわからないが、おれはあまり偶然ということを信じない人間でね」
 ミズ・チャーチがわずかに振り向いたそのとき、ほっそりした首にベックは目を惹きつけられた。「あなたがシアトルの絞殺魔の犯行だと推測しているからよ。わたしはそうは思わない」
 ベックの体に緊張が走った。「たしかな裏付けがあって推測しているんだ」
 背筋に冷たいものが走ったかのように女はためらったが、やがて犬とともに家のなかに消えた。
 ララ・チャーチは思っていたような臆病な芸術家肌ではなく、芯のある女性だった。協力を得るのは期待していたほど簡単ではなさそうだ。それでも、協力させるつもりではいたが。