立ち読みコーナー
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低山の魅力に取り憑かれて


 仙台に生まれ育ったぼくが、東京に出てきて学生時代を送り始めたころは、大都会に山があるなんて考えたこともありませんでした。東京の暮らしに憧れていたために、「街」の賑わいばかりに目を奪われていたようです。学生として東京暮らしにも慣れ、やがて社会に出て働き始めると、だんだんと「自然」とふれたいという思いが強くなりました。
そんなとき、中央線のとある駅から、夕陽が落ちる西の空を見やると、富士山の手前に横たわる低い山が波のように折り重なっていました。夕焼けのなかに浮かぶ淡いグラデーションがあまりに美しく、はっとさせられ、忘れかけていた故郷の原風景が甦った瞬間です。
 故郷・仙台は市街地から山が近くて、ぼくが育った丘陵地帯からは、雪をかぶった泉ヶ岳や奥羽山脈がよく見えます。しばらく忘れていた山の風景が急に懐かしくなり、すぐさま登山の世界に飛び込みました。山に通うようになると、高い山の楽しさはむろんのこと、いつしか低い山ならではの魅力にも気づき始めました。もともと歴史小説や寺社仏閣が好きだったので、戦国武将の足跡を辿る旅に出かけていたのですが、里山や低山にいまだにその名残か色濃く残っていることにしばしば驚かされたものです。
 そんなある日、東京の山中を歩いていたときのことです。長い樹林帯を抜けて晴れやかな稜線に出た先に辿りついたのは雲取山でした。雲を手に取れるほど高い、東京で一番高いところから眺める果てしない山並みに心躍らせました。ところが山頂の碑に記された標高を見て、「あれ、ちょっと待てよ」と首を傾げました。「2017m…?なんだよ、東京の山の方が、宮城県の最高峰より高いのか」と気づいたからです。自然だけは地方に分がある!と思っていたのでショックでした。そうか、東京の西域にはこんな豊かな自然とローカルな雰囲気が色濃く残っているんだ。この発見は、都会に埋もれてモノを消費する遊びから抜けられずにいたぼくにとって、行動のフィールドを西へ広げる大きなきっかけとなりました。


 世界有数の大都会・東京は、日本有数の日帰り登山の聖地です。交通の便がいいので、駅からすぐに登山口へという山もあります。神話の舞台となった山や戦国の強者どもの夢の跡、由緒あるお寺の神秘なるパワー、絶景と温泉が待っている癒しの山……。旅と自然を愛する人は、これを愉しまない手はありません。
 そんなわけで、ぼくは今、「日本再発見」のつもりであちこちの里山を巡り歩いています。そしてピークハント(山頂を踏む登山)にとらわれない低山ハイクの魅力を伝えることを生業(なりわい)に、各地を飛び廻っています。もちろん“山案内人”も務めながら。
 ここに収めた30座は、ぼくの足で覚えた山旅を、言葉に置き換えて“ガイド”したい名低山です。『日本百名山』で深田久弥さんが名山の基準を示されたように、僭越ながらぼくなりに名低山を提議すると……。歴史や神話といった物語が伝わる山、都市の暮らしに何かしら関わりを持つ山、個性豊かな山を念頭に置いて選びました。ちょっと高い山も混じっていますが、いつかきっとチャレンジしたくなる山たちです。
「山高きが故に貴からず、樹あるをもって貴しとす」
 これは、平安時代の書物『実語教』にまとめられた暮らしの知恵と教訓の一節です。たんに高さではなく緑をたたえる樹々の“深さ”に視点を置いて山を愉しむのも一興でしょう。いつか登ってみたい!と思う山が見つかることを。そして、「低山で一日たっぷり遊ぶ旅」へお出かけください。
大内 征