立ち読みコーナー
目次
480ページ
登場人物紹介
マーガレット(メグ)・マンロー    スコットランドの治療師兼助産師
デイモン・ラザフォード        マードン伯爵
リネット・ラザフォード        デイモンの娘
ドナルド・マックリー         マードン伯爵のスコットランド領地の雇われ管理人
コール・マンロー           メグの弟
ハジンズ               デイモンの執事
エミベル               デイモンの亡妻
ヴェロニカ・バシャム         エミベルの妹。リネットのおば
ミス・ペティグルー          リネットの家庭教師
イソベル・ケンジントン(ローズ)   メグの親友
ジャック・ケンジントン        イソベルの夫
ブランディングズ           デイモンの従者
アンガス・マッケイ          小作人
マルコム・ローズ           イソベルの亡祖父
フェイ・マンロー           メグの亡祖母
ジャネット・マンロー         メグの亡母
アラン・マクギー           メグの父
グレゴリー・ローズ          メグの幼なじみ
エリザベス・ローズ          イソベルのおば
94ページ~
 デイモンは途方に暮れた。結婚なり、無記名小切手なり、金貨なり、なんらかの形の報酬をまったく求めない女性を手に入れようとするのは、どのようなものなのだろう。見返りについてなにも考えることなく、男に体を許すことを選べる女性を追い求めるというのは。快楽を分け与えるのではなく、快楽を自らむさぼろうという唇は、どのような味わいなのか? 彼自身のほかにはなにもいらないという女性の感極まった声は、どんなふうに響いてくるのか? 
 そんなことはこれまで考えたこともなく、デイモンは強くそそられた。しかもいま目の前にはメグの肉体があり、ぬれた衣服が張りついて曲線がくっきりとあらわになっている。衣服の下にある尻の動きに、つい視線がおりる。綿モスリンの布地は、ぬれたせいでほぼ透けているようなものだった。そして蠱惑(こわく)的な丸い尻が、斜面をあがる動きにつれて曲がったり締まったりするのだ。
 さらに視線は彼女の脚におりていった。スカートを持ちあげて歩いているので、むきだしの足首が見えている。メグの靴は荒ぶる波に流され、裸足だった。青白い足も、彼女の手と同じようにほっそりと長い。この脚を指先でなでおろし、あの細くしなった足を手に取って、親指の爪を足の裏に這わせ、彼女の体に震えが走るのを眺めるのはどんな気分だろう。
 数分前には良心が芽生えていたデイモンだが、またしても欲望が頭をもたげた。メグにかかると、いとも簡単に気持ちが高ぶってしまう。なんということだろう、ふだんの彼はもっと堪(こら)え性があるのに。しかしメグ・マンローが相手では、ふだんどおりのことなどなにもないような気がする。
 デイモンは周囲に意識を集中させようとした。ここまで大小さまざまな場所を通ってきたが、洞窟らしいところもあれば、岩の壁がいまにも迫ってきそうな細いところもあった。分単位で方向転換するものだから、来た方向もすぐにわからなくなった。自信たっぷりなメグがまちがっていないことを祈るばかりだ。
 壁からは水分がしみだし、ランタンに照らされた岩肌は波打って光っていた。鍾乳石や石筍を見かけたが、太いものもあれば手首ほどしかないものもあった。塩でできた柱のように乾いてざらついたもの、溶けたろうそくのようなもの、水が流れながらに板状に凍ったように見えるもの。大半が白から褐色までの色合いだが、ある天井の低い洞窟に入ったときには、波打つような両側の壁がやわらかな虹色をしていた。探検すれば非常におもしろそうな場所だが……びしょぬれでなく、汚れてもなく、寒くもないときに限る。
 太陽の届かない洞窟内では温度は一定で涼しく、体が乾いていれば快適だが、ぬれた服を着ていると震えるほど寒い。しかしそんな寒さでさえも、彼のなかに湧きあがる欲望を抑えることはできなかった。まったく、いまの状況のなにもかもが彼をかきたてるように思えた。静かで暗いところにふたりきりというこの状況は、じつに悩ましい。ランタンの丸い光を見失わないように進むとなると、大きく離れるわけにはいかない。すると彼女の香りが鼻孔をくすぐり、彼女の体温も伝わってくる。手を伸ばせば、彼女の背中やこの魅惑的な尻をなでおろすこともできる距離だ。いったん考えだすと、そんな光景を頭から消すのはむずかしかった。
 メグが振り返り、先に低い穴があるからと注意した。ぬれた服が彼女の胸に張りつき、寒さでとがった胸の先端がはっきりと浮きでているところから、彼は目が離せなかった。高い位置のウエストからひだ状に流れているスカートも、いつもなら彼女の体の輪郭を隠すのだろうが、いまは肌にぴたりとくっついて、くぼみも曲線もすべてがわかる——きゅっと締まったウエストから流れるように広がる腰のラインが、太ももからふくらはぎへとすんなりつづく。そうやって全身があらわにされていながら、素肌をさらすよりもなお欲望を煽るやり方で隠されているのだ。デイモンの指はうずき、思わずその布地をどかして、ぬれてすべらかな素肌を探りたい衝動に駆られた。謎に包まれた彼女を暴きたい。胸の先端はどんな色合いなのか。燃えるような赤毛はもっと下の部分も同じなのか。背中の曲線はどんな具合なのか。脚のあいだに忍びこみ、奥の熱を見つけだしたい。
 彼のなかで欲望がうずく。甘い痛みにさいなまれ、彼女の肉体をあらゆる手を使って暴くことや、彼女の秘密を知りたいということしか考えられなくなった。段差に行き当たり、彼女がスカートを持ちあげてひざ上までさらしながらあがろうとすると、高ぶりはいや増した。手を貸さずにはいられず、片手は彼女のウエストに、もう片手は魅惑的な丸い尻の下を抱いた。そこからさらに手を動かさないようにするだけで精いっぱいだった。
 メグはすばやく段差をよじのぼり、警告するような顔つきで振り返った。しかし彼女の胸が先ほどよりも大きく上下しているのを見て、デイモンはひとり笑みを浮かべながら、つづいて段差をのぼった。そのあと、短いながらも穴状の道があらわれて四つん這いで進むしかなく、メグのうしろから進む彼にはなんとも楽しい眺めが広がった。そこを抜けると小さな空洞に出たが、驚いたことに、きれいな水が浅い岩のくぼみに流れこみ、その水はさらにそこから勢いよく流れでている。
「滝だ!」デイモンはびっくりしてそこを見つめた。「洞窟のこんな奥に」
 メグは笑顔でうなずいた。「そうなの。ここに来るために少し遠まわりをしたわ。せっかくの機会ですもの」彼女が浅い水たまりのほうへ足を踏みだす。「さあ」
「なんだって?」彼は目を丸くした。「冷たい洞窟の滝を浴びろと言うのか?」
「全身、砂だらけのままでいいのならかまわないけど」メグは頭を振りながら滝に入った。
 デイモンはそんな彼女を凝視し、欲望で言葉もなく、動くこともできずにいた。クリスタルのような滝の下に立つ彼女の髪に、体に、水が流れ落ち、衣服をいっそうぴったりと彼女の体に張りつかせる。彼はのどをカラカラにしながら、彼女が顔をあおむけて目を閉じ、全身を水の流れにさらす様子を見つめていた。彼女が向きを変え、胴着の襟もとを持ちあげて背中から浮かせ、ドレスのなかへ水をそそいで肌をすすぐ。
 冷たくてもかまうものか。デイモンはブーツを乱暴に脱ぎ捨てた。彼女とともに滝に入る。そしてまたもや衝撃を受けた。「あたたかい!」
 メグは声をあげて笑い、彼のほうに向いた。「そうなの。温泉が流れこんできているの。もう少し高くて遠い場所に、かなり高温で流れているところがあるのだけど、ここまで来るあいだにちょうどいい温度になるのよ」
 まさしく、あたたかさとやすらぎに包まれるようなものだった。ただし、いまの彼にはやすらぎなどまったくない。メグ・マンローが三十センチと離れていないところで髪を手櫛ですき、砂を洗い流している状況では。現実的になり、大人の行動をせねばと思いつつも、服を着ているとはいえ、どうしても彼女といっしょに水浴びをしているのだと意識してしまって自分を抑えられない。湯が肌を流れていく。あたたかく、どこか官能的に、服の下をすべり落ちていく——これと同じ感覚を、彼女もいま味わっているのだ。
 デイモンは視線をメグの全身にさまよわせ、彼女で目の保養をした。欲望が彼のなかで熱く、重たく、どくどくと轟いている。だが、見るだけでは物足りない。彼女を感じたい、抱きしめたい、あの脚を絡みつかせて、やわらかな体を押しつけてほしい。あの唇についた水滴を舌で舐めとり、口をひらかせて甘い口内を味わいつくしたい。彼は欲望に打ち震え、激情が血管を駆けめぐった。
 デイモンは長い脚ですばやく一歩近づき、メグをかき抱いた。