立ち読みコーナー
目次
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登場人物紹介
ルシアナ(ルーシー)・カーライル     FBI特別捜査官
クーパー(クープ)・マクナイト      FBI特別捜査官
ディロン・サビッチ            FBI特別捜査官。犯罪分析課チーフ
レーシー・シャーロック          FBI特別捜査官。サビッチの妻
ベン・レイバン              ワシントン首都警察の刑事
ジョシュア・アッカー・カーライル     ルーシーの父
アラン・シルバーマン           ルーシーの大叔父
ジェニファー・シルバーマン        ルーシーの大叔母
コート・シルバーマン           アランの息子
ミランダ・シルバーマン          アランの娘
カーステン・ボルジャー          伝説の殺人鬼テッド・バンディの子
エリザベス・メアリー・ランスフォード   カーステンの母
ジョージ・ベントレー・ランスフォード   カーステンの義父。議員候補
ブルース・コーマフィールド        ランスフォードの側近
セントラ・ボルジャー           エリザベスの双子の妹。インテリアデザイナー
ナンディ・パティル            〈ショップン・ゴー〉店主。強盗事件の被害者
ジャスミン・パティル           パティルの妻
トーマス・ウェンケル           〈ショップン・ゴー〉襲撃犯の男
(P361~)
 ルーシーは病院の駐車場からレンジ・ローバーを出して、九五号線に向かって走りだした。その後ろをブルーのコルベットに乗ったクープが追ってくる。車まで送ってくれながら彼が言ったことを思いだすと、頰がゆるんでしまう。「デュポンサークルの近くにすごくうまい中華料理屋があるんだ。街一番の四川料理を出すんだけど、土曜日の夜、食事でもどうかな?」
 クープと食事。デートってこと? 本物のデートに誘ってるの? 忙しいデートのスケジュールにわたしの分も入れてもらえるのかと混ぜ返しそうになったけれど、その冗談は言わずに消えた。ちっとも言いたくなかったからだ。代わりに笑顔で応じた。「中華料理は大好きなの。とくに四川が」言葉を切った。「同じ課内の捜査官が交際することを禁じる規則があるんじゃないの?」
「サビッチとシャーロックは同じ課にいて、ぼくが思うに、たんなる交際以上のことをしてるんだけど」
 不思議なことに、鼓動が速くなって、口からこんな言葉が飛びだしていた。「わたしをひとりきりにして、飛びかかりたいってこと?」
 クープは眉を吊りあげた。「なにを言うんだか。ただの最初のデートだよ」
 心臓が大きく打って、声が半音下がった。「そうか、そうね。わたしと話がしたいのよね、わたしの――思いについて」
 彼は手を挙げてルーシーの頰に触れた。手を下ろし、彼女の顔に視線をさまよわせた。
「この際だから言うけど、妙なときにきみのことを心配してることがあるんだ。ひげを剃ってるときとか、ノンファットミルクをパックからそのまま飲んでるときとか。シャワーを浴びながら歌ってて、ふときみとデュエットしたらどうなるだろうと考えてたこともある。そういうわけだから、ルーシー、きみともっと親しくなりたい。それには話をするのがいいと思わないか?」
 ルーシーは精気に満ちた笑い声をたてた。「わかったわ。だとしたら、わたしは会話を楽しみにしてればいいのよね?」
「そうはいくかよ」
「だったら、一緒にシャワーを浴びながらなにを歌うか考えておいて」
 彼はルーシーの頰をつついた。「考えておくよ。考えなきゃならないことが、山のようにあるんだけどね」
 ルーシーは小さく手を振って、自分の車に乗りこんだ。
 ワシントンに戻るべく、彼女を追って九五号線の南向き車線に入ったクープは、口笛を吹いていた。シンディ・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」なら、シャワーのときのデュエット曲にいいかもしれない。
 クープとの夕食は、四川だろうとそうじゃなかろうと、ルーシーも大歓迎だった。昨日の夜は、病院で彼に言われたことを思いながら眠りについた。彼が自分を気遣ってくれることがわかり、慰められた。彼になにを言おうと、指輪のことを内緒にしようと、あんな呪われた物体に人生を売り渡すつもりも、愛しあえるかもしれない人と親しくなる機会を投げ捨てるつもりもない。指輪の件を人に話すことと、人を愛することあるいは愛さないことを秤にかけて、どちらか一方を選ぶことはできない。だいたい、クープみたいに申し分のない男性から中華料理店での食事に誘われて、断れる女などいるだろうか?
 混雑してきた道路を縫って進むうちに、疲れがのしかかってきた。睡眠のわずかさに比べて、刺激が強すぎた。ラジオをつけ、ソフトロックの局に合わせて、眠らないように一緒に歌った。ピーターバラにさしかかるころになると渋滞がひどくなったので、九五号線から二車線の田舎道である三五号線に入っていったん西へ向かい、何度か角を曲がって、九五号線とほぼ並行に走る南向きの道路に入った。これは知る人ぞ知る美しい田舎道で、あとはチェビーチェイスまでまっしぐらだった。そこからはいつもの通勤路を通って本部に向かえばいい。そういえば、クープが道を折れるのを見なかった。どこかで追い抜いたのかしら?
 気を引き締めたいので、窓を下ろして顔に冷たい風を受けた。あたりにはこれといって見るものがない。ほぼ緑一色の牧草地と、馬と牛、それにたくさんの樹木があって、その合間に家々が散らばっている。あとはときおり北へ向かう車とすれ違うぐらいだった。
 クープのコルベットを探してバックミラーを見たが、宅配便のトラックと同じくらいの大きさの白い業務用のバンが一台、走っているだけだった。バンはスピードを上げるでも、脇に折れるでもなく、背後を淡々とついてきているようだった。速度を落として追い越させようとしたが、バンは数分にわたって同じ距離を保ちつづけた。ひょっとするとバンの運転手も自分と同じように九五号線を避けて、チェビーチェイスまでのんびりドライブを楽しんでいるのかもしれない。
 背後のバンがスピードを上げて、レンジ・ローバーまで二十メートルほどに迫った。顔を上げると、背後のバンとうりふたつの白いバンがもう一台、百メートルほど先に現れた。ただ、あろうことかそのバンは後退してきており、窓から顔を突きだした運転手が黒い髪を風になびかせながらこちらを見ていた。心拍数が上がって、アドレナリンがいっきに放出される。ルーシーは深呼吸をして、車のスピードを一定に保った。腰に差し入れていたシグを取りだして、脚の下に敷いた。
 あの男、どういう了見なの? 自分は怪我をしないでいいよう、後部バンパーでわたしの車に衝突するつもり? そこではたと気づいた。二台ではさみ打ちにするつもりだ。
 クープの短縮番号を押した。
「やあ、ルーシー、どうかしたか?」
 背後のバンが迫ってくる。ルーシーは叫んだ。「クープ、いま九五号線のピーターバラ出口の南にある三五号線にいるんだけど、二台の白いバンにはさみ打ちにされそうなの。わたしを殺したがってる!」
 レンジ・ローバーのリアウィンドウに一発撃ちこまれて、ガラスが砕け散った。
 クープが自分の名前を叫ぶ声、彼の車のタイヤのきしむ音が聞こえた。ルーシーは車を対向車線にそらしたが、前方のバンもそれに合わせて移動して背後からのがしてくれず、その間にも後方のバンは距離を詰めてきていた。道路には二台のバンのほか、車一台、人っ子ひとり、見あたらなかった。割れたリアウィンドウからさらに銃弾が撃ちこまれ、そのうち何発かは助手席のシートの裏に命中して、シートをずたずたにした。ルーシーを狙っていることはもはや疑いの余地がなかった。
 一発の銃弾が頭をかすめ、フロントガラスを蜘蛛の巣状に砕いた。ルーシーはとっさに首を縮めた。
 脚に敷いたシグの銃把を見おろしたが、背後のバンの運転手を狙うのは、得策とは言えなかった。ほんの数秒で片をつけなければならない。
 左に急ハンドルを切り、アクセルを踏みこんだ。助手席側のフェンダーをバンの後部に当て、跳ね返されつつタイヤをきしませてさらに左に曲がりつづけると、これまでの人生でもっとも鋭角なUターンを成し遂げた。背後にいたバンはレンジ・ローバーと正面衝突になるのを恐れて、右によけていた。フロントフェンダーがこすれて金属が悲鳴をあげたが、その甲斐あって解放された。
 アクセルを踏んでレンジ・ローバーのほぼ最高速まで加速し、道路の真ん中を逆方向に疾走した。
 ありがたい静けさに包まれた。
 ふり返ると、バンが二台揃って追ってきていた。各車線に一台ずつ、どちらの運転手も窓から腕を出し、やみくもに撃ってきている。ここまで届かなければいいが。その願いもむなしく、つぎつぎと飛んでくる銃弾が舗道を削ったり、車の金属フレームに当たったりしている。このまま幸運が続くとは思えない。あと何発当たらずにすむだろう? 大きくなった自分の呼吸の音が耳につき、恐怖で口がからからになっていた。
 クープはどこなの?