立ち読みコーナー
目次
576ページ
登場人物紹介
アニー・ヒューイット       女優の卵
テオ・ハープ           ホラー小説作家
マリア・ヒューイット       アニーの亡き母親
エリオット・ハープ        テオの父親。マリアの元夫。ペレグリン島の地主
リーガン・ハープ         テオの双子の姉妹。故人
ケンリー・マドラー・ハープ    テオの元妻。故人
ハンニバル            テオの飼い猫
スキャンプ            アニーの裏の人格
クランペット           アニーの人形劇に登場する人形
ディリー…            アニーの人形劇に登場する人形
ピーター             アニーの人形劇に登場する人形
レオ               アニーの人形劇に登場する人形
ジェイシー・ミルズ        アニーとテオの友人
リヴィア・ミルズ         ジェイシーの娘
バーバラ・ローズ         ペレグリン島の役場職員
リサ・マッキンリー…       バーバラの娘
ナオミ              ロブスター船の船長
ティルディ            土産物屋の経営者
246ページ~
 テオもその点について疎いわけではなかったし、これまで手に入れたい女性がいたとしても、必ず成功してきたという事情もある。しかしこうした異性に関する傲慢さはアニーのような女性に接する際は危険な要素となる。なぜ彼女はこちらの仕掛けに乗ってこなかったか。それは彼女が分別をわきまえているからだ。
 テオは妻のケンリーと最後にキスした記憶がなかったが、最後の交わりだけは覚えている。真夜中の行為——ケンリーは憎しみをテオに知らしめようとした。彼のほうは相手への憎しみを表さないよう努力した。
 テオは閉じたアニーのまぶたを見下ろした。それを見ると砂浜に打ち上げられた貝がらを思い出す。アニーも大人になって少しは鋭い部分も身につけてきたが、たとえ知識として男の自信を失わせる方法は知っていたとしても、実行するすべを知らない。いまだ腹話術の人形に執着し、性善説やハッピーエンドを信じている。その彼女がここでキスの瞬間を待っている。そして自分もここにいる。離れるべきタイミングがあれば機を逃さないことを意識しながら。
 テオはアニーの頬骨の上で親指を滑らせた。唇がかすかに開いている。彼女はこちらに品行の良さを求めていない。最悪だったころを知っているから、助けたり守ったりしてもらえるとも思っていないし、こちらの正しい行動も期待していない。大事なのは、彼女が愛されることを待ち望んでいないこと。そこがなんといっても一番気に入っている。もうひとつ、こちらの良識を期待していないことがいい。警戒心を解き、自分のなりたい自分でいられる自由をなくしてから長い時間が経っている。
 まるきり良識のない男、か。
 彼は口を下に向け、唇が触れる程度に軽く重ねた。ワインの香りを残す息が混じり合った。彼女はよりしっかりと唇が重なるよう、首を傾けた。彼は無理やり一ミリばかり後退した。唇はかすめる程度にしか接触しなかった。
 アニーは彼のおふざけを見てかすかに後退した。その距離をテオが瞬時に縮めたが、あくまでも軽いタッチのままだった。彼を恐れる理由には事欠かないはずのアニーがここまでの接近を許すのは滑稽だが、彼女は鳥の羽でかすめるように唇を動かしてくる。まだ数秒しか経っていないのに、両脚のあいだはすでに張り詰めていた。彼は彼女の口を唇で覆い、押し開き、舌を奥に進め最後のとどめを刺そうとした。
 手の付け根が彼の胸に強く押し当てられた。憤る褐色の瞳が鋭く見つめていた。「あなたのいったとおりだったわ。あなたのキスは最悪」
 えっ? 最悪だって? これは見過ごせない。彼は腕の内側で彼女の髪を撫でるようにして片手を彼女の背後の壁に押し当てた。「ごめん。足がつって、バランスを崩した」
「バランスを崩したんじゃなく、チャンスを逃したのよ」
 一歩も後退しなかったのに、いうことは偉そうだ。彼はゲームの開始早々負けを認めるわけにいかなかった。気骨があり、でも優しい心の持ち主アニー。男から最後の血の一滴を要求することなど思いもつかないアニー・ヒューイットに対しては。「心からお詫びする」彼は首を傾け、耳の後ろの軟らかい皮膚に息を吹きかけた。
 アニーの髪は乱れていた。「そのほうがいいわ」
 彼は体を近づけ、唇でやわらかい部分を探した。こうして体を密着させることは拷問のようだったが、猛り立つものに負けたくはなかった。
 彼のウエストあたりをアニーはまさぐり、セーターの下から手を滑り込ませた。これは彼女が言い出したルールに違反しているのだが、こちらはもちろんそんなことに触れるつもりはない。彼女は首をまわし、唇を合わせようとしたが、生来の負けず嫌いで、いまはゲームのまっただなか。だからキスする位置を彼女の顎の線に移した。
 アニーは首を反らした。彼はその招待を受けとる形で唇にキスした。セーターのなかに入った彼女の手が滑るように上に移動していく。慎みある女性のタッチはとても心地よく、新鮮に感じられた。彼は危険を冒したい衝動を抑えた。結局体をぴたりと寄せてきたのは彼女のほうで、口を開き彼の唇を求めてきた。
 いつしか気づけばふたりは床の上に体を横たえていた。引っ張ったのは自分なのか、それとも彼女のほうなのか? わかることはただひとつ。彼女が背中を床につけて自分がその上にいることだけだった。それは、情熱的で甘い洞窟での思い出とそっくり同じだった。
 彼は彼女の衣服を剥ぎ取り、脚を開かせ、濡れた秘密の花の芯をあらわにしたかった。彼女の速い息遣い、背中にしがみついた両手の力強さから見ても、彼女も同じことを望んでいるのは明らかだった。テオは抑制の限りを尽くして、キスに戻った。こめかみから頬、口へ。濃密で魂を込めた、喉まで舌を進めるキスだった。
 彼女はうめきをもらしはじめていた。その声には嘆願にも似た響きがあり、脚を絡めてきた。彼の手がもつれ乱れたシルクのような彼女の髪の毛をまさぐった。彼はアニーの腰骨のあいだの狭いくぼみに体を密着させた。ふたりのジーンズが擦れ合い、アニーは喉の奥深くで響くうめき声を上げた。彼は抑制を失いかけていた。もはや一瞬の猶予もきかない状態だった。
 彼は彼女のジーンズのジッパーと自分のジッパーを乱暴に開いた。彼女が背中を反らせる。彼は慣れぬ手つきでジーンズを片方だけ足首から抜いた。彼女の手が彼のセーターを握りしめた。彼は彼女の両脚のあいだに入り、押さえつけられていたものを解き放ち、進入させた。
 彼女が叫び声を上げた。しわがれたうめき声は激しく、抵抗の兆しはなかった。彼はさらに奥を攻め、いったん引き返し、ふたたび深く進んだ。そして終わりが訪れた。
 宇宙が彼の目の前で弾け、割れたのだった。