立ち読みコーナー
目次
480ページ
主要登場紹介
エマリン(エマ)・アダリア・マリー・ホワイト   ローズウォルド王国の王女
ドミニク(ニック)・グレゴリー          リンドハースト伯爵。元英国海軍大佐
マーセデス                    エマの親友
アリアドネ                    エマの親友
ワイズミュラー公爵未亡人             エマのお目付け役
ジマー男爵未亡人                 エマのお目付け役
ミセス・ブラウン・ジョーンズ           エマの母校の元教師。旧姓ミス・プール
フェリシティ                   ニックの叔母。ダルリンプル子爵未亡人
ルパート                     ローズウォルド王国の摂政皇太子。エマの兄
シグリッド                    エマとルパートの姉
オットー王                    エマの政略結婚の相手
(186ページ~)
「まだだめよ」エマは落ち着いた声で言いなおした。「ね――念のため、あと少し待ちましょう」
「きみがそう言うなら」ニックはエマの好きなようにさせることにした。
 エマはニックの肩越しに、黒い筒形軍帽をかぶった護衛兵を盗み見た。見慣れた緑と黒の制服を着た別の護衛兵が、同僚に近づくのが見えた。兄は何人の家来をここへ送りこんだのか。ふたりの護衛兵はしばらく話をしていたが、やがて人びとの顔を鋭い目で見ながら歩きだした。
 ふたりがこちらへ近づいてくる。エマは恐怖で凍りつきそうだった。あと一分もすれば、この前を通りかかるだろう。
 なんとかしなければ。エマはとっさにニックの首に両腕をまわした。つま先立ちになり、彼の顔を引き寄せて唇を重ねた。
 あまりにとつぜんのことに、ニックの体がこわばったのがわかった。エマの全身で脈が激しく打った。あのふたりが通りかかったまさにそのとき、ニックが体を離しでもしたら大変なことになる。エマは首にしがみつく腕に力を入れ、唇を動かしてなんとか彼を誘惑しようとした。自分が未熟なのはわかっていたが、それでも必死だった。
 ところが予想に反してニックはたちまち魅了されたらしく、エマの背中に腕をまわして抱きしめた。体と体を密着させてなにかをつぶやいたが、エマには「ああ、なんてことだ」と言ったように聞こえた。それから、ずっと願いつづけてきたことがかなったかのように、夢中で彼女の唇をむさぼった。
 乾いたたきつけに火がついたように、エマの全身が一気に情熱の炎に包まれた。あの夜、はじめてキスをしたときと同じ欲望が湧きあがってきた。彼の唇は最上級のチョコレートのようにほろ苦くて甘い味がする。エマは恍惚とし、ニックのこと以外、なにも考えられなくなった。どうしてこちらからキスをしたのかも思いだせない。ただ悦びが全身からあふれている。
 キスが濃密さを増し、世界がまわりはじめた。ニックが唇を開くようにうながしている。またあの危険なゲームへと誘っているのだ。エマはニックの腕に抱かれて、舌をからませながら快感に打ち震えた。
 ニックが体の向きを変え、エマの背中を屋台の側壁に押しつけた。マントの下に手を入れて胸を探りあて、じらすように手のひらで包む。
 エマは熱に浮かされたような声を出し、自分でも正体のよくわからないものに突き動かされて、しきりに身もだえした。そして親指で乳房にゆっくり大きな円を描かれると、頭をのけぞらせてあえいだ。胸の先端が硬くとがってうずいている。
 ニックの唇がやわらかな曲線を描く首筋を這い、次に上へ向かって、あごと頬とこめかみに触れた。エマの閉じたまぶたの裏に、ぼんやりと赤いものが見えた。唇がしっとり濡れて震え、キスを求めている。
 無意識のうちに彼の後頭部に手をやり、なめらかな濃褐色の髪に指を差しこんだ。ニックがふたたび激しいキスをし、ふたりは心も魂もひとつになったかのように抱きあった。もっと彼が欲しい。そうした感情がどんなに危険なものであっても、彼への愛があふれて止まらない。