立ち読みコーナー
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登場人物紹介

ダイアナ・サヴァロル         カリブ海の島で生まれ育った娘
ライオネル(ライアン)・アシュトン  セイント・リーヴェン伯爵
ルシアン・サヴァロル         ダイアナの父
ルシア・クランストン         ライアンの大おば。ダイアナの遠縁
シャーロット             ライアンの元婚約者
ダンシィ・モレッシー         ダンヴァーズ卿
ロイス・ブレイデン          ライアンの愛人
ラファエル・カーステアズ       商船の船長
フィリップ・ホークスベリー(ホーク) ロザミア伯爵
フランシス・ホークスベリー      ホークの妻
デボラ・ドリスコル・サヴァロル    ダイアナの義母
ダニエル・ドリスコル         デボラの連れ子。ダイアナの義兄
パトリシア・ドリスコル        ダニエルの妻
モイラ                若い奴隷娘
セオ・グレンジャー          ルシアンの農園の管理人
チャールズ・スワンソン        ルシアンの帳簿係
エドワード・ビーミス         ライアンが相続した農園の代理管理人
(p.17〜)
 ライオネルは大股で応接間の中へと進み、ぴたりと足を止めた。部屋の真ん中で娘がひとり、背中を丸めてぶるぶる震えている。好奇の目でこちらを見ている大胆さからして、使用人でないのは明らかだが、灰色の衣服は田舎くさいうえにサイズが小さすぎる。窮屈そうな胸もとについつい目が行き、よく胴着(ボデイス)の縫い目が破れないものだと彼は思った。この娘に特に興味はないが、見た目はまずまずだ。身長が高く痩せていて、胸だけが大きい。髪は豊かで、茶色から金色までさまざまな色合いが混じったブロンド。瞳の色はこの距離から見ると少し変わっていて、緑がかったグレーだ。ライオネルはルシアに目を向け、片眉をあげて説明を求めた。
「さあさあ、こちらへいらっしゃい」ルシアが声をかける。「こちらはあなたのいとこ、ダイアナ・サヴァロルですよ。ダイアナ、彼はセイント・リーヴェン伯爵ライオネル・アシュトンよ」
 体を震わせる娘を眺め、ライオネルは悠然と問いかけた。「きみは熱病にかかっているのか?」
「違うわ」ダイアナがぴしゃりと言い返す。「寒くてしかたないの」
「そうか、だったら移らないから安心だ。ぼくたちがいとこだって? ダイアナ・サヴァロルといういとこがいるとは初耳だが」
「またいとことか、ふたいとことか、とにかくあなたの遠縁ですよ」ルシアが告げた。
「わたしだって、ライアンなんていとこがいるのは初耳だわ」ダイアナが言い返した。
「うんと離れた親戚ですからね」ルシアが弁明する。「あなたたちのおじい様はいとこ同士だったと思いますよ。ダイアナ、ちゃんとお辞儀をなさい」
 ダイアナは申し訳程度に膝を折った。
 ライオネルも適当な会釈を返した。
「ほら、座ってちょうだい。ディディエ、お茶の用意を」
「たしかぼくの父方の祖母は――」ライオネルはルシアを見ながら言った。「イングランドを離れ、神に見放された地に住む男のもとへ嫁いだのでしたね」
「西インド諸島は神に見放された地ではないわよ」ダイアナが声をあげた。「その、そこまで見放されてはいないわ。海賊が暴れていたのは昔のことだもの。まあ、クエーカー教徒は出ていってしまったけれど」
「ライオネル、あなたの大おじにあたるオリヴァー・メンデンホールもおばあ様と一緒に移住し、西インド諸島で成功したんですよ。念のために言っておきますけど、あなたはオリヴァーの相続人になっていますからね」
「うれしくて心臓が止まりそうだ」
「つまり、あなたがアシュトンの若造なのね」ダイアナが言った。
「失礼、なんだって?」
「ミスター・メンデンホールがあなたのことをアシュトンの若造と呼んでいたのよ」ライオネルが片眼鏡を目に当ててにらみつけると、ダイアナは顎をつんとあげた。
 これは予想外だったわね、とルシアは心の中でつぶやいた。かわいいライオネル――アシュトンの若造は、あの愚かなシャーロット・ヘイヴァーシャムのせいで別人のように変わってしまった。以前は洗練された物腰で、女性に対してはとりわけ礼儀正しく、気の利いたしゃれを飛ばしはするが、その言葉に悪意がにじむことは決してなかった。なのに、この新しいライオネルは、ダイアナがあばた面の顎なしだと言わんばかりの目つきだ。
「そうなればおもしろいのに」ダイアナは声を――聞こえる程度に――ひそめて言った。こんな人が相続人だなんて、オリヴァーおじ様もお気の毒に。
「何がおもしろいんだ?」
「あなたの心臓が止まったらおもしろいでしょう」
「さあさあ、お茶ですよ」ルシアは声をあげた。「ダイアナ、カップに注いでちょうだい」まったく、困ったふたりだこと。ルシアはダイアナがここへ来て三日目には、ライオネルの結婚相手にぴったりだと確信した。最初オリヴァーから手紙をもらい、ダイアナを彼の相続人と結婚させてはどうかとほのめかされたときには、まったく乗り気になれなかった。ルシアが覚えているオリヴァーは無気力な若者で、だんご鼻にそばかすだらけの顔、頭のてっぺんには禿(はげ)があった。オリヴァーはこの縁組について、ルシアだけでなくダイアナの父親にも手紙を出していた。そして今、当のふたりは賞金付きの拳闘試合に出てきたごろつきみたいに、礼儀作法を無視して噛(か)みつきあっている。ふたりともどこかで農民の血が混じったんでしょうよ、とルシアは思った。もちろん、わたしの血筋ではないわ。