- 目次
- 432ページ
登場人物紹介
ローズ・バルフォア 園芸学者の娘
アルトン・シンクレア(シン) シンクレア伯爵
マーガレット ロクスバラ公爵夫人、シンの大伯母
シャーロット・モントローズ マーガレットの友人
リリー・バルフォア ローズの妹
ダリア・バルフォア ローズの妹
マンロー マーガレットの客人
キャメロン マーガレットの客人
イザベル・スチュワート マーガレットの客人
ミュリエラ・スチュワート マーガレットの客人。イザベルの妹
マクドゥーガル フロアーズ城の執事
ティモシー・ダン シンの従者
アニー ローズ付きのメイド
目と目がからみ合い、ふたりのあいだに何かが流れた。ローズにはそれがなんであるかはわからなかったが、ふいに肌がうずき、息ができなくなった。ひどく神経質になったときにはいつもそうだが、ローズは小さな笑い声をあげた。
シンは声を殺して毒づき、彼女の手から空のグラスをとり上げて近くのテーブルに置いた。それから彼女の手を自分の肘にかけさせ、すばやくテラスの扉へと導いた。
簡単だったわ! 世界を牛耳っているような気分で、ローズは彼に導かれるままに歩いた。すぐにもふたりはテラスの扉を通り抜け、舞踏会のざわめきをあとにして涼しい夜の空気のなかへ出ていた。ローズの心臓は鼓動を速めた。自分の大胆さに脅威とともに誇らしさも募り、幸福感に心が高揚した。手に重ねられたシンの手はあたたかく、彼のコロンのかすかな香りがランタンで照らされた庭に咲くジャスミンとユリの香りと入り交じっていた。こんなに完璧な夕べがあり得て?
シンは石段から色とりどりの紙のランタンでほのかに照らされた小道へと彼女を導いた。そこここで男女のふたり連れとすれちがったが、シンは注意深くはっきり姿を見られないように気をつけていた。
より広い小道へと折れ、しまいにふたりは低く水を吐き出す大きな噴水の前の広い空間へとたどり着いた。噴水の中央には水差しから水を注いでいるアフロディーテが立っており、その足もとに小さなキューピッドがいた。一面にハスが浮かんでいて、水面には光る紙のランタンが色とりどりの星のように映っていた。「きれいだわ」とローズは言った。はじめてのキスにぴったりの場所。
そんな彼女の内心の思いを読みとったかのように、彼は噴水へと彼女を導いた。頭上の赤い紙のランタンがシンの顔に魅惑的な光を投げかけた。ローズは自分がそこに彼とふたりきりでいることが信じられなかった。彼のあたたかい両手が腰へとすべり、きつく引き寄せられる。
夢見ていたとおりだわ。鼓動を速めながら、ローズは手を彼の胸に置き、顔を彼の顔へと近づけた。シャンパンのせいで少しふらつきながら、目を閉じ、唇を差し出す。
シンはローズのほっそりした腰をきつく抱いた。舞踏会から帰ろうとしていたとは。体はこの小さく魅惑的な女への欲望で火がついたようになっていた。この女を自分のものにしなければ。彼は首をかがめて彼女の口をとらえ、やわらかい唇が開くまでいたぶった。それから舌で彼女の歯をなめた。彼女は口づけたままあえぎ、身もだえした。
そんな官能的な反応を得て、シンは安堵のあまりうなり声を発しそうになった。その反応だけで充分だった。両手で彼女の尻をつかんで自分を押しつけ、彼女が自分にどんな影響を与えているか知らせるために硬くなったものをこすりつける。彼女がどれほど――
彼女の目がはっと開いた。凍りつくようなその一瞬、ふたりの目が合った。それから、小さな声をあげ、彼女は力のかぎりに彼を押しのけた。
あとずさった足首が噴水の低い縁に引っかかり、シンは水しぶきを上げて噴水に落ちた。
押しやられた驚きによってあふれるほどの欲望が消え失せていなかったとしても、冷たい水によって奪われていたことだろう。シンはあえぎ、水にむせながら彫像につかまって立ち上がろうとした。つかまれたアフロディーテはが目の前でくり広げられた情景にうんざりしているらしく、水差しから水をシンの頭に直接注いでいた。
怒り狂って水を吐きながら、シンは彫像から離れてローズをにらみつけた。