立ち読みコーナー
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登場人物紹介

フランシス・キルブラッケン       リヴェン伯爵家の次女
フィリップ・ホークスベリー(ホーク)  ロザミア伯爵
アレクサンダー・キルブラッケン     リヴェン伯爵。フランシスの父
クレア                 リヴェン伯爵家の長女
ヴァイオラ               リヴェン伯爵家の三女
ソフィア                リヴェン伯爵の後妻
チャールズ・ホークスベリー       シャンドス侯爵。ホークの父
ネヴィル                ホークの亡兄
ベアトリス               ホークの姉
エドマンド・レイシー          チャーマーズ子爵
アマリー                ホークの愛人
デンプシー卿              アマリーの愛人のひとり
デラコート卿              厩舎を持つ貴族
グランニョン              ホークの従者
オーティス               <デズボロー・ホール>の執事
ミセス・ジェーキンズ          <デズボロー・ホール>の女中頭
アグネス                フランシス専用のメイド
マーカス・カラザーズ          <デズボロー・ホール>の家令
ベルヴィス               調教師
バウチャー夫妻(ジョン、アリシア)   ホークの友人夫妻
セイント・リーヴェン卿(ライオネル)  ホークのロンドンの友人
レディ・コンスタンス          伯爵令嬢
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 フランシス、そして姉のクレア、妹のヴァイオラは、調度品がぽつぽつと置かれた簡素な客間で腰を下ろしていた。そこへ、フランシスの継母ソフィアと、三姉妹の家庭教師であり、ときには夫人の話し相手や三姉妹の小さな弟アレクサンダーの家庭教師まで務めているアデレイドを従え、父親が勢いよくはいってきた。
 リヴェン伯爵は堂々としたいかめしい男性だ。長身で、胸板が厚く、赤褐色の髪はまだふさふさしている。伯爵は居並ぶ娘たちのまえで立ちどまり、値踏みするように顔を順に眺めた。
「パパ、なんのご用?」椅子に浅く腰かけたま、ヴァイオラが落ち着かないようすで尋ねた。「もうすぐケナードが遊びにくるの。あたし、身支度しなきゃ」
「どうやら」と、父親の表情をさぐりながら、フランシスが言った。父親の灰色――彼女と同じ色――の瞳には、押し殺した興奮の色が浮かんでいる。「これからホームドラマが始まるみたいよ」
 フランシスの鋭い声と言葉に、リヴェン伯爵は口元に笑みを浮かべた。「なにかつけくわえることはあるかい、クレア?」と、穏やかな声で長女に尋ねた。
「ないわ、パパ」と、いつもの温厚な口調でクレアが答えた。「でも、早くしてくださらないと、午前中の陽光が消えちゃう」
「お絵かきなんて、いつだってできるでしょ」と、継母のソフィアがきつい口調で言った。
 クレアが肩をすくめ、口をつぐんだ。どうやらフランシスの言うとおり、なにやら始まるらしい。そう思うと、わずかに好奇心が頭をもたげた。
 リヴェン伯爵が暖炉のほうに軽やかに歩き、炉棚に肩をもたせると口をひらいた。「わたしには、三人の美しい娘がいる。長女のクレアは、もう二十一。妻や母親になってもいい年頃だ。絵に夢中になりすぎて、頭がお留守になるときがあるし、ぼんやりしているきらいもあるが、おまえは心のやさしい娘だ」どちらともとれるこの褒め言葉に、クレアはたじろぎ、呆気にとられて父親を見たが、彼の注意はすでにヴァイオラへと向けられていた。「そして末娘のヴァイオラ、おまえはまだ十七だが、すっかりおとなの女性に成長している。明るく、活発で、うぬぼれが強く、心より外見のほうが美しく、甘やかされている」
「パパ!」
「だって、ほんとうのことだろう? 自分でもわかっているはずだ。とはいえ、おまえもまずまずの妻になれるだろう。夫が時間をかけ、おまえの頭のなかからその愚かな考えを叩きだしてくれさえすれば」
「覚悟はできてるわ」フランシスがにっこりと笑い、殉教者のように胸のまえで腕を交差させた。「殺傷力抜群の大砲を撃ってくれてかまわないわよ、パパ」
「おまえはだ、フランシス女王」と、動じることなくリヴェン伯爵が続けた。「手に負えない。強情で、自立心が強すぎる。ものおじせずに言い返してくる弁の強さはあるが、こと動物にかけては傷を癒す天与の才がある。万が一、おまえが選ばれるようなことになれば、ここの者はみな寂しく思うだろう」だれよりも寂しく思うのが自分であることを、彼は明かさなかった。そんなことを言う必要はない。フランシスにはよくわかっているのだから。
「選ばれるって、なにに?」と、ヴァイオラが尋ねた。「パパ、じらさないで! そろそろケナードがくるんだってば。あたし――」
「結婚相手に、だ」と、ヴァイオラの話をさえぎり、リヴェン伯爵が言った。「おまえたちのひとりが、じきに結婚する」
 唖然とした沈黙が広がり、やがて、悲鳴とともに質問の一斉砲撃がはじまった。
「それ、なんの話、お父さま?」と、こわばった声でクレアが尋ねた。
「ああ、どうしよう、なに着ればいいの?」ヴァイオラが甲高い声をあげ、衣装戸棚をあらためはじめた。
「これって、いちばんありがちなホームドラマの筋書よね」と、フランシスが切り捨てるように言った。
「花嫁を選ぶのは、イングランドの貴族だ。正確に言えば、ロザミア伯爵。じきにこちらにお見えになる」
 唖然とした沈黙がまた広がった。と、沈黙を破り、フランシスが笑い声をあげた。「冗談はやめて、パパ! 誇り高きイングランドの貴族さまが、うちの姉妹になんの用があるの? つきあってられない。わたし、馬に乗ってくる。冗談はおしまいにして、もう解放してちょうだい」
「フランシス」と、リヴェン伯爵が凄みのある低い声で言った。「黙れ。さあ、娘たち、よく聞きなさい。先日、ここにやってきた使用人を覚えているだろう?」
「お仕着せが素敵だったわ」クレアが言い、画家特有の物思いにふけった。「金と赤――強い印象の色の組み合わせよね。彼の絵を描いてみたいわ。顔立ちにも絵心をそそられるし」
「あの男は疲労困憊していたんだぞ、そそられるもなにもあるものか!」ついに堪忍袋の緒が切れたというように、リヴェン伯爵が声を張りあげた。と同時に、フランシスの言うとおりだと、胸のうちで自分をあざ笑った。たしかに、大げさな芝居を演じて悦にいるところが、自分にはある。だが、ひとたびクレアの手にかかると、こちらがなにを言っても無味乾燥なものになる。いやはや、お仕着せの使用人の絵を描きたいとは。彼は咳払いをし、娘たちの関心をこちらに引きもどした。
「いずれにしろ、絵を描けるほど長居はなさらないわ」こんどはソフィアが口をはさみ、夫の話の腰をまた折った。
 リヴェン伯爵はふたたび咳払いをした。「あの男はシャンドス卿の使用人だ。正確には、シャンドス侯爵の」
「ロザミア伯爵の次は、シャンドス侯爵。家柄のいい貴族がふたりも登場なさったわ」と、フランシスが茶化した。
「パパ、その侯爵って、どんな人?」と、片方に首をかしげながらヴァイオラが尋ねた。それは、鏡のまえで何時間もかけて練習をしたしぐさだった。こうすれば、右肩のあたりで髪が艶っぽく揺れる。それに、ほっそりとしたうなじも見せられる。でも唇をとがらすポーズは、もっと特別なときのためにとっておかなくちゃ。
「あたしたちの知らない親戚のかた? 聞いたことないお名前ね」
「いや、親戚じゃない。だが、じき親戚になる」と、女らしさをだそうとする娘の努力にはまったく気づかず、父親が応じた。
 フランシスは椅子に座ったまま、身を乗りだした。「ちゃんと教えて」ふいに、その声が緊張を帯びた。父親が真剣なときとそうでないときの違いが、フランシスにはよくわかっていたからだ。パパはいま、ありのままの事実を述べている。そう思うと、急にこわくなった。