立ち読みコーナー
目次
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登場人物紹介

リリー・バスクーム            バスクーム四姉妹の四女。オリヴァーの従妹
ネヴィル・カー              カー卿の跡継ぎ。リリーの婚約者
フィッツヒュー(フィッツ)・タルボット  オリヴァーの異母弟
イヴ                   フィッツの妻。カメリア、リリーの付き添い婦人
グレゴリー・カーライル          セイヤー侯爵。次期マーチェスター公爵。ヴィヴィアンの兄
マーチェスター公爵            ヴィヴィアンの父
ミスター・ブルックマン          ヴィヴィアン御用達の宝石商
キティ・メインウェアリング        ヴィヴィアンの父の元愛人
ウェズリー・キルボーザン         キティの恋人。詩人
コズモ・グラス              四姉妹の継父
ドーラ・パーキントン           貴族令嬢
ルーファス・ダンウッディ         賭博好きの年配紳士

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ヴィヴィアンの胸に沸々と怒りが湧いてきた。「つまり、あなたはわたしのことをそう思っているのね」
「ちが――」オリヴァーが反論しかけたが、ヴィヴィアンは手を激しく振って制した。
 燃えるような瞳で彼をにらみ、早口で言い募る。「少しは変わったかと思っていたのに、見込みちがいだったようね。やはりあなたは、えらぶったやかまし屋なんだわ」
 オリヴァーの鼻腔がふくらみ、頬骨のあたりが朱に染まった。「きみのドレスは肌の露出が大きすぎると指摘したからって、やかまし屋ということにはならないぞ」
「それはあなたの基準でしょう!」ヴィヴィアンはさらに近づいた。激昂した彼女には力がみなぎり、光り輝くようだった。
「世の中の基準だ。今夜あそこにいた紳士は、ひとり残らずきみから目を離せずにいたぞ」
「ばかなことを言わないで。それはわたしの格好が……しゃれていたからよ」
「目を惹きつけられずにはいなかったからだ」
 ヴィヴィアンは言葉を失い、目を丸くして口をぽかんと開けた。こんな目で彼女を見るオリヴァーは初めてだった。怒りに燃えた目。そして、それとはまたちがう種類の熱を帯びた目。彼はわたしにキスしたいと思っている――そう感じてヴィヴィアンは驚いた。もっと驚いたのは、自分の体のなかが急に熱く、とろけていたこと。そう、彼女もまた、彼にキスしてほしいと思っていた。
 次の瞬間、ヴィヴィアンの頭のなかは真っ白になった。オリヴァーは長い脚で一歩前に出ると、彼女のウエストを抱きよせ、身をかがめて唇を奪ったのだ。


 ヴィヴィアンは足に根が生えたかのように動けなくなった。オリヴァーの唇はあたたかく締まっていて、けれどどこかベルベットのようなやわらかさも感じさせた。それまで彼女が経験したことのない感触だった。キスされたことはあるけれど、こんな全身を洗われるような心地よさを感じたことも、これほど熱く求められていると感じたこともなかった。体の内側からすべてがせりあがってきてキスに応えようとするような、そんな感覚を味わったことなどない。肌がちりちりする。息ができない。
 知らず知らずのうちにヴィヴィアンの腕は上がってオリヴァーの首にまわり、体が誘われるようにしなやかに彼のほうへかしいだ。オリヴァーのもう一方の腕が彼女にまわって引きよせ、自分のものだと言わんばかりに、そして守るかのように全身でヴィヴィアンを包みこむ。彼の唇が動いて彼女の唇をひらかせ、舌がすべりこんだ。その未知なる快感にヴィヴィアンは震え、両手で彼の肩にしがみついた。
 長いこと経ってようやく、オリヴァーは頭を上げて唇を離した。つかのま彼女の顔を見おろした瞳は深みを増し、激情に彩られていた。顔は紅潮し、唇はキスのせいでやわらかく、赤くなっている。かすれた息遣いが聞こえてヴィヴィアンは彼を見返したが、驚きのあまり言葉はなにも出てこなかった。わずかに彼の体が彼女のほうにかしぎ、またキスするつもりなのだとわかった。けれど、彼はそこで止まった。
 すばやく一歩、オリヴァーはうしろにさがった。「なんてことだ。ヴィヴィアン」彼の片手が上がって髪をかきあげる。「す……すまない」そう言って頭を振る。「こんな……どうか許してくれ」
 そう言うとオリヴァーは背を向け、地獄の番犬に追われているかのように大またで部屋を出ていった。