立ち読みコーナー
目次
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登場人物紹介

ララ・クレイベル    アメリカ人女性
リカルド・ラサロ    セント・ピエール島の革命家
ブレット        ララの双子の弟
パコ・レナルト     リカルドの親友にして右腕
マヌエル・デルゲーロ  少年兵士
フアン・サラサール   医師
エミリオ・フラード   セント・ピエール軍事政権の大尉
(20ページ)
「この紳士に挨拶をするんだ、ララ」
 女は黙っていた。
 もう一度彼は英語で尋ねた。「偉大なる革命のヒーローに挨拶したくないのか? 無礼な子だな」フラードは女の顔にかかった髪をやさしくかきあげた。「この子にちゃんとしたマナーを教えてやらなきゃならないな、ラサロ」
 フラードの手がやさしくなでるのを目にして、リカルドの胸に突然、激しい怒りが込み上げた。ああ、ぼくはどうなってしまったんだ? 彼は表情を慎重に隠して言った。「アメリカともめ事を起こすようなことはやめろ。彼女を解放するんだ」
「実は、初めは解放しようと考えていた。だが、とても役立つことがわかった。それで、どうするか決断が下されるまで、ここアビーに送られることになったというわけだ」少年のようなフラードの丸顔に不意に笑みが浮かんだ。「彼女はただの秘書にすぎない。パスポートにも近親者に関する記載はない。彼女が逮捕されたところで、誰にも知られはしない。外交上の危険はないのさ」
「まったくないとなぜ言える?」
 フラードは質問に気づかないふりをした。「きみの好きなようにしていいぞ、もちろん。あの娘に何をしてもいいし、一緒に何かをしてもいい。それはきみの自由だ。だが、してほしいことを伝えるには英語で話さなければならない。スペイン語がほとんどわからないんでね」声をだんだん小さくして、リカルドと目を合わせる。「彼女はバージンだ。このご時世で、この齢にしてはめずらしくないか? 今朝、アビーに入所したときに診察を受けたんだが、医者たちがたいそう驚いていたよ。驚いて興奮もした。男はいつだって一番最初が大好きだからな。彼女に手を出させないようにするには、ずいぶんと骨が折れた。だが、部下のひとりがこう言ったんだ。きみと一緒にしたら役に立つかもしれないと。そいつの言うことは正しいとすぐにわかったよ」
「いや、間違っている」
 フラードは首を振った。「きみはアメリカ人が好きだ。それに本物の騎士道精神がある。そんな男が無力なバージンに惹かれるのは当然だ。なぜ彼女を見ない? すばらしくかわいいぞ。華奢な体、きれいな胸、それにこの肌……」彼はため息をついた。「心底きみがうらやましいよ、ラサロ。この娘がきみから受ける喜びに期待して震えているのがわからないのか?」
 ラサロは視線が女のほうにそれるのを必死にこらえた。「彼女が震えているとしたら、恐怖のせいだ。怯えている女をほしいとは思わない。彼女をここから出してやれ」
「いや、だめだ。この娘はきみとここにいるんだ」フラードは言った。「食事も、会話も、ベッドもきみと分かち合う。そばにいることはいつだって強い刺激になる」彼の視線はリカルドの下半身に移った。「とりわけ、こんな状態におかれた男にとってはな。どうやらこの娘がお気に召したようだな」
ろくでなしめ。リカルド・ラサロのなかに激しい怒りが込み上げたが、おかげで脈打っていた欲情が一時的に鎮まった。「おまえの送り込んだ娼婦たちのときだってそうだったさ。自然な反応だ」彼は顔を歪めて笑った。「だが、ぼくは自分の体をコントロールするすべを知っている。おまえたちに、ぼくを攻撃する武器を与えるつもりはない。もうあきらめたほうがいい、フラード」
フラードは向きを変えてドアの方へ歩いた。「どうかな。きみに思い直す時間をやろう」彼は足を止めると、肩越しに振り返った。「だが、わたしは少々せっかちなたちでね。ある程度の時間が経っても、きみが自然な欲求に従わないなら、この娘を取り上げて、看守どものなぐさみに与えるもりだ」彼はリカルドの顔に浮かんだ怒りの表情を認めると、にやりと笑った。「いいか、きみのことはよくわかっているんだ、ラサロ。運悪く、きみは理想主義者だ。弱い者や無垢な者の庇護者だ。さあ、きみにひとりの無垢な女を与えよう。庇護し、楽しむ。これ以上何を望むことがある?」そう言ってエミリオ・フラード大尉はララに視線を移した。「集団レイプは愉快なものじゃないぞ、お嬢さん。せいぜい我らが偉大なる革命家に愛嬌をふりまくんだな」彼は後ろ手にドアをバタンと閉めた。そのあとすぐ、看守がドアの鍵をかける音が聞こえた。