立ち読みコーナー
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登場人物紹介

シュゼット              マディソン三姉妹の次女
ダニエル               ウッドロー伯爵
クリスティアナ            マディソン三姉妹の長女。ラドノー伯爵夫人
リチャード・フェアグレイブ      ラドノー伯爵。ダニエルの親友
リサ                 マディソン三姉妹の三女
ロバート・メイトランド        ラングリー卿。三姉妹の幼なじみ
セドリック              マディソン卿。三姉妹の父親
ジョージ               リチャードの双子の弟
キャサリン              ダニエルの母
ハーヴァーシャム           ラドノー伯爵家の執事
ジェレミー              ダンヴァーズ男爵
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 冷ややかな声にシュゼットは眉をひそめた。リサから借りた小説に出てきた、めくるめくような情熱などまったく感じられない。天にも昇るほどの喜びなど想像もできなかった。なにしろキスされたことすらないのだ。もし、ダニエルのキスがいやだったらどうしよう。息がくさくないというだけで、さっき勇気を出して提案した子作りのための逢瀬が楽しめるとはかぎらない。決めた。ぴしりと背筋を伸ばす。「ねえ、キスしてみない?」
 ダニエルは目を丸くした。「なんだって?」
「うまくやっていけるかどうか、試してみるべきよ。ええと、そういうことを……」真っ赤になっているのがわかったが、大きく息を吸って続けた。「キスしてみて。そうすればわかるでしょ」
「お嬢さん」ダニエルはおもしろがっているのか、あきれているのかわからない表情を浮かべた。「そういうものは……」
「ねえ、お願いだから」じれったい思いで遮り、もう一度近づいて唇に自分の唇を押しつけた。慌てたせいかよろめいて、とっさにダニエルの上着につかまった。ふたりの唇がぶつかりあい、本で読んだとおり身体が熱くなるような興奮が押しよせてくるのを待ったが、残念ながらそんなことは起こらなかった。コーヒーカップに唇をつけたのと変わらない。がっかりして、ため息をつきながら座りなおした。「こういうことが苦手なのね」
「なんだって? おれが苦手だ?」ダニエルは信じられないという顔をしている。「いいかい、お嬢さん、あんなものがキスだと思っているのなら……」
「お嬢さんなんて呼ぶのはやめて」ぴしゃりといいかえし、立ちあがった。どうにも気持ちがじりじりして、おとなしく座っていられなかった。「まるでお父さまと一緒にいるみたい。そんな年寄りじゃないでしょ」
「そんな年寄りじゃない? よせよ、まったく」ダニエルはもどかしそうに自分も立ちあがると、もったいぶって宣言した。「あんなのはキスとは呼べないさ」
「そんなにお上手なら、正しいキスの仕方を教えてよ」予想外の展開にどきどきしながらダニエルを睨みつけた。ディッキーの友だちではないと知ってほっとしたが、噂話の種にならないよう行動には気をつけている。だが、金持ちの花嫁を探しているとと知って希望がふくらんた。まあ、キスにはがっかりだったが。
 そのとき、ダニエルが突然ぎゅっと抱きすくめ、唇を重ねてきた。シュゼットは驚いて息を呑み、それ以上なにも考えられなくなってしまった。さっきとは全然ちがう。ふわりと降りてきたダニエルの唇が、蝶の羽のように軽やかにシュゼットの唇に触れている。横へ撫でるようなその動きに胸騒ぎがした。下唇を軽く甘噛みされるとさらにどきりとし、強く吸われると柔らかい肉がひりひりするようだ。舌で唇をなぞられ、なにがなんだかわからないでいるうちに、唇のあいだから舌がするりと滑りこんできた。ふたりの舌が絡みあうと、どう表現していいかわからないまったく初めての味がした。
 じっと動かなかったダニエルの手が、改めてしっかりとシュゼットを抱きよせた。彼の舌を感じながら、とにかくただただ圧倒されていた。
 安堵と喜びの混じったため息が洩れる。知らぬうちに手が動いてダニエルの首に腕を巻きつけていた。頭のなかがぐるぐるする。ふたりの身体はこれ以上ないほどぴたりとくっついているのに、ダニエルをもっと自分に引きよせたくてたまらない。なぜか長い眠りから覚めたときのように思いきり伸びをしたくなって、小さくうめき声をあげながら上体を後ろにのけぞらせた。キスを続けているダニエルも一緒に身体を曲げる形になり、ふたりの腰がいっそうしっかりと密着するのを感じてぞくりとした。
 本で読んだとおりだった。身体が熱くなるような興奮という意味が、いま初めて実感できた。脚のあいだに温かな液体のようなものがたまって、じわりと広がっていくのがわかる。ダニエルはずっと口のなかを攻めつづけていて、ふたりの舌がもつれ、くねり、乱舞し、頭のなかが真っ白になった。