立ち読みコーナー
目次
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登場人物紹介

ダニー・アレクサンダー  フィギュアスケート選手
アンソニー・マリク    ダニーの後見人。元フィギュアスケート選手
ボウ・ラントリー     ダニーのコーチ。アンソニーの親友
マルタ・ポールセン    ダニーのマッサージ師
ジャック・コワルト    スポーツ記者
ルイザ・ケンダル     アンソニーの元愛人
サミュエル・ダイナス   アンソニーの元後援者
(34ページ〜)

 ダニーはドアを閉め、しばらくもたれかかった。胸が激しく高鳴り、怖れと驚きと奇妙な興奮が全身を駆けめぐっている。最後のアンソニーの謎めいた言葉は、本当に文字どおりのことを意味していたのだろうか? 今まで被後見人に対する関心以上のものを示したことなど一度たりともないというのに。わたしはたんに彼がこしらえた作品にすぎなかった。今夜の彼の態度がおかしいのは、性的関心を抱いているからだなんて、そんなはずは絶対にないわ。
 でももしそうだったら? そう考えると、興奮とパニックで頭が爆発しそうだ。アンソニーがいともたやすく引き起こした強烈な化学反応に、ダニーはどう対処すればいいのかわからなかった。彼に対する思いはとても強く複雑で、うまく説明できることなどできはしない。尊敬、英雄崇拝、憤り、依頼心。愛は? そう、愛も。ずっとアンソニーを愛していた。怒りをつのらせたのもその愛ゆえだ。つねに冷静そのもので、氷のベールに固く心を閉ざしたアンソニー・マリクを愛する以上に、つらくやるせないことがあるだろうか?
 アンソニーとわたしが恋愛関係に? ああ、身の破滅だわ。アンソニーは女性にとって素晴らしい恋人だと評判だ。けれどもそれはあくまで交際期間中のことで、彼の情熱はいつもすぐに冷めてしまう。
 アンソニーにいつか飽きられて捨てられると思うと、耐えられなかった。今度こそ完全に彼の人生から閉めだされてしまうかもしれない! ダニーはパニックを覚えた。謎めいた黒い影のように、つねに背後で自分を支えてくれていたアンソニーのいない人生なんて想像もつかない。強くて、頭が鋭くて、自制心の権化のようなアンソニー。自制を失った彼は、どんなふうなのかしら? セーターの下で胸が張りつめ、腿のあいだに奇妙な疼きが広がった。欲情。
 だめよ! ただでさえアンソニーとの関係は複雑すぎるほどなのに。廊下を急ぎながら、熱があるように頬が熱かった。この熱いときめきは、前にも一度体験したことがある。六年前、エデンの園を追放されたあの日。アンソニーはわたしのその思いに気づき、冷酷無情にはねつけた。もう二度と、あの拒絶の苦しみは味わいたくない。