立ち読みコーナー
目次
480ページ
登場人物紹介

カーリン・リード       ヒューストン出身の女性
AZ(ジーク)・デッカー   デッカー牧場の経営者
キャット・ベイリー      ジークのいとこ。カフェの経営者
スペンサー          デッカー牧場で働く若い牧童
リビー・トンプソン      デッカー牧場の元家政婦
ブラッド・ヘンダーソン    ヒューストンの警官
ジーナ・マシューズ      カーリンの友人
(73ページ)

店が混んでいると時間はあっという間に経つ。忙しくなればなるほど、彼女とキャットの動きにリズムが生まれる。まるでダンスだ。料理を出し、客とおしゃべりし、おもしろくてもおもしろくなくても冗談に笑い声をあげ、客のグラスやマグが空になっていないか気を配り、きょうのお薦め以外の注文が入ればそれを作る。どちらかと言えばつまらない仕事の部類に入るかもしれないが、カーリンは楽しんでやっていた。店の客が好きだし、キャットはほんものの友人になりつつあった。
 そんなふうに忙しくしている最中だった――カーリンはカウンターの奥にいて、キャットは片手に紅茶のピッチャーを、もう一方の手にコーヒーポットを持ってテーブルを回っていた――カウボーイがぶらりと入って来たのは。いやでも目につく。血の通った女なら気付かないわけがない。長身で筋肉質で、自分の強さを熟知した負け知らずの男に特有の、自信に満ちた歩き方をしている。いわゆるハンサムではない。バランスのとれた彫りの深い顔立ちというより、無骨なタイプだ。目で見たもの以上に、彼には人を惹きつけるなにかがあった。体が熱くなって息ができなくなり、目を逸らした。これ以上見つめていたら大変なことになると、危険なことになると感じたからだ。どこがどう危険かわからないけれど。キャットが、彼には用心しなさいよ、と言った、女心をズタズタにするカウボーイそのものだった。彼が店に入ってきたとたん、空気が電気を帯びた。
 彼と関わったらろくなことにはならない。彼女は瞬時に悟った。胸の高まりは無視し、カウンターに座る年配の男にコーヒーのお代わりを注ぎ、ほほえみかけながら、彼のほうを見てはダメと自分に言い聞かせた。
 カウボーイが会釈すると、キャットがあかるい笑顔で応えた。紅茶のピッチャーとコーヒーポットを持っていなかったら、手を振っていただろう。それぐらい嬉しそうだった。彼はブースに席を取った。カーリンがはじめてここに来たときに座ったのとおなじ、壁に背を向ける場所で、入り口がよく見渡せる。あなたはいったい誰から逃げているの?
 誰からも。彼のことは知らないけれど、けっして人に背中を見せない人なのだろう。敵に回したら手ごわい相手になる。表情からわかる。でも、見ている分にはすてきだ。
 カウンターに座っていたカウボーイふたりが、親しげに挨拶した。「やあ、ジーク」彼も挨拶を返したが、それだけだった。わずかにしかめた表情から不機嫌なのがわかるが、あるいは、あれがふつうなのかもしれない。
 キャットが彼のほうに向かっていくのを、目の端で捉えた。古くからの友人のようにおしゃべりして、注文をとると――いつものように、メモをとることもなく――カウンターに戻ってきた。「あたしの気まぐれないとこに、きょうのお薦めとコーヒーをブラックで」
「気まぐれ?」彼女のいとこ?
「めったに訪ねてきもしないで。あたしのパイがなかったら、一年に二度顔を合わせればいいところよ」
 <パイ・ホール>は小さな店だから、キャットのおしゃべりはジークに筒抜けだ。「忙しいんでね」彼はキャットに聞こえるよう少しだけ声を大きくした。「少しはわかってくれよ」
 それから、彼の視線がカーリンに移って、そこに留まった。じっと見つめられ、彼女は思わずぶるっと震えた。機嫌は悪いのかもしれないが、シャイではない。男の常連客たちは、キャットをじっと見つめていたことがばれると慌てて目を逸らすが、彼はそうではなかった。じっと見つめたまま、視線は揺るがないし、それに……危険だった。震えが背筋をおりてゆく。本能的なものだ。腹をすかせた男がキャットのアップルパイを眺めるような目で、ジークはカーリンを見ていた。
 しまった。声に出して言ったわけではないけれど、たとえが悪かった。顔が赤くなる。
「あたしが作るわ」そう言うとカーリンは踵を返し、厨房に飛び込んだ。まるで逃げ出すみたいに。
 ペニスがくっついているというだけの理由で、世界はおれのものだと思っているマッチョから、どうぞあたしをお守りください。そう、彼はその類の男だから、関わりになったらろくなことはない。これほど強く彼に惹かれること自体、充分にあぶない。