立ち読みコーナー
目次
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登場人物紹介

メレウェン(メリー)・スチュアート     スコットランドのスチュアート領主の娘
アレクサンダー(アレックス)・ダムズベリー イングランドのダムズベリー領主
エイキン・スチュアート           メリーの父
ブロディ・スチュアート           メリーの兄
ガウェイン・スチュアート          メリーの兄
ケイド・スチュアート            メリーの兄
ユーナ                   メリーの侍女
ガーハード・アバナシー           アレックスの側近
ゴドフリー                 アレックスの従者
エッダ・ダムズベリー            アレックスの継母
イヴリンド・ダンカン            アレックスの妹
カリン・ダンカン              スコットランドのドノカイ領主。イヴリンドの夫
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「知らせって?」メリーはどうせたいした知らせではないだろうと思いながら、そっけなく尋ねた。コランが一週間まえに狩りでウサギを仕留めたと知らせにきたとしても、父親と兄たちは祝う価値があると思うはずだ。
「おまえのいいなずけがチュニスから戻ったそうだ」父親が先を続けるより早くガウェインが口をはさんだ。
 メリーはびっくりして、ベンチにすとんと腰をおろした。目を大きく見開き、ぼうっとした頭で、たった今聞かされた本当に大事な知らせの意味を理解しようとする。夢が現実になったのだ。はるか昔に抱いていた夢が。母親が亡くなるまえとあとの数年間、メリーは未来の夫はどんな容姿や性格をしているのだろうと思い描いて過ごした。想像のなかの彼はハンサムでたくましく、馬に乗ってスチュアート城にやってきて彼女をさっと抱えあげ、馬の背に乗せて、もっといい人生へと連れ去ってくれる。けれども、そうした夢を見たのはもう何年もまえのことだ。いくつもの夏が過ぎ、その年に彼が彼女を迎えにこられない理由を何度も聞かされるにつれて、夢は薄れ、ついには消え去って、メリーは、彼は永遠に迎えにこないのだと思うようになった。自分は未婚のまま年を取り、父親や兄たちか自分のどちらかが死ぬまで、彼らを追いまわして過ごす運命なのだと。
 メリーは未来の夫が彼女を迎えにこられなかった理由の数々を思い出しながら目を細め、父親と兄たちを見つめて言った。「そんなの嘘よ」
「いや、嘘じゃない」ブロディとガウェインが声をそろえて言い、父親の横をさっとまわってきてメリーの両脇に腰をおろした。ふたりとも意気揚々として、うれしそうな顔をしている。
「父親が死んだと知らされて、跡を継ぐために戻ってきたらしい」ブロディが陽気に言った。「それでお次は跡取りをつくらなきゃならないというわけだ」
「ついに身を固める準備ができたんだよ」ガウェインが言い添える。
「どうやらぬか喜びに終わることはなさそうね」メリーはつぶやいた。
「もちろんだとも」ブロディが応じた。メリーの声にひそむ皮肉に気づかなかったようだ。「そんなわけですぐにもおまえをイングランドに連れていかなきゃならない。今夜お祝いをして明日の朝早く発つ」
 メリーははっとわれに返り、ふたたび三人をにらみつけた。「あらそう。ええ、お兄さまたちはそうしたくてたまらないでしょうね。一刻も早くわたしをイングランドに連れていって、ありがたくも帰ってきてくれた悪党と結婚させたいんだわ。お祝いして当然よね。まんまとわたしを追い払えるんだから」
 ブロディがガウェインとすばやく目を見交わして言った。「そんなまさか、メリー。おれたちは喜んでなんかいないよ。だってほら、おまえがいなくなったら、だれが朝おれたちを寝床から叩き起こしてくれるんだ?」
「ああ、そうだとも。それにだれが、おれたちが酒をしこたま飲まないよう目を光らせてくれるんだい?」ガウェインも言う。
「それにいったいだれが、わしらに戦闘訓練をしたり狩りにいったりするよううるさく言ってくれるんだ?」最後に父親が言った。
 メリーは険しい目で三人の顔を順番に見た。彼女を行かせたくないと口では言っているものの、うれしそうな笑みが、本心を物語っている。もちろん、メリー本人にとっても願ってもない話だ。父親と兄たちを追いまわし、三人が彼ら自身やほかのだれかを殺さないよう気をつけずにすむ暮らしはさぞかしすばらしいものだろう。とはいえ、メリーも父親と兄たちも、そこまで運がよくはなかった。「それはそうかもしれないけど、当分のあいだはそんな心配はしなくていいんじゃないかしら。わたしのいいなずけは十字軍の遠征からなかなか戻ってこなかったんだから、そうすぐにはわたしを迎えにこないと思うわ。彼が迎えにくるまで、三人ともわたしから逃れられないわよ」メリーはにこりともせずに言うと、ふたたび繕いものを手にした。
 あたりに意味ありげな沈黙がおりた。きっと三人はあわてふためき、視線を交わしているにちがいない。メリーはそう思ったが、わざわざ目を上げて見ようとはしなかった。彼女を追い払うといういちばんの望みがもう少しで叶うときに、彼らがやすやすと引き下がるはずがない。
「ああ、でもな、メリー」結局、父親が口を開いた。「おまえをイングランドに連れていって結婚させるというのは、わしらの考えじゃなくてだな――」
「向こうがそう望んでいるんだ」ガウェインが唐突に言った。
 メリーはゆっくり顔を上げ、三人の顔をいぶかしげに見た。「向こうがそう望んでいるですって?」
「ああそうだ。ほら、おまえの言うとおり、ダムズベリーは長いあいだ城を留守にしていただろう? 三年ものあいだ」ブロディが指摘した。「たぶん父親が死んだことも、継母が自分の代わりを務めていることも知らなかったんだろう。女は男のようには城を切り盛りできないから、きっと正さなければならないことがたくさんあるんだよ」
 メリーは唇が見えなくなっているにちがいないと思うほど、固く口を結んだ。女は城を切り盛りできないですって? 彼女の今は亡き母親は生前ずっとスチュアート城を切り盛りしていて、母親の死後、メリーが十六歳でその仕事を引き継いだ。そうするしかなかった。父親と兄たちの面倒を見て、スチュアート城の切り盛りをすると、死の床につく母親に約束したからだ。父親が死んで長兄のケイド――家族で唯一まともな男――が領主になるか、彼女がほかの土地に嫁ぐ日まで。
 メリーはこれまでその約束を必死に守ってきた。とはいえ、城の切り盛りをして、父親と兄たちがウイスキーを飲まないよう目を光らせながら、彼らがエールも飲まないようにするのは無理な話だった。幸い、三人はエールを飲んだときにはウイスキーのときほど乱暴にはならないが、飲みすぎて二日酔いになり、分別がつかなくなることが多々ある。それに酔っていなくても、城のなかをうろつきまわり、ウイスキーを飲みたいと訴えて飲ませようとしないメリーを悪く言うだけで、なんの役にも立たない。三人は弱くて愚かな人間で、メリーにとっては厄介者にすぎないが、それでも家族であることには変わりなかった。
「ああ、そうだとも。ダムズベリーは今は時間がなくてこっちには来られないんだ」ガウェインが言った。「でも、すぐにもおまえと結婚したがっていて、おまえを連れてきてくれるようおれたちに頼んできたんだよ」
「願ってもない話だ」父親が割って入る。「つまり、あちらさんで婚礼の宴を設けてくれるということだからな。こちらの手間が省けるというものだ」
「そのとおり」ガウェインがすかさず言う。「おまえが自分でごちそうを用意したり、客を迎える準備をしたりせずにすむんだぞ」
「そういうわけで、明日の朝いちばんで発つからな。いいな?」ブロディが期待に満ちた顔で言った。
 三人が固唾をのんで彼女の返事を待っているようにメリーには思えた。彼女が同意するのを彼らが心から望んでいるのを感じ、それだけでノーと言いたくなった。けれども、もしそうして本来ならそうであるようにいいなずけに迎えにこさせたとしても、自分が大変な思いをするだけだ。実際のところ、大勢の酔っ払いの相手をするのは楽しいことではないし、あとに残った三人のことが心配になるだろうとはいえ、彼らが彼女に早く出ていってほしいと本心では思っているのと同じように、彼女もまた早くここを出ていきたかった。結婚生活、それも願わくは、父親と兄たちとはちがって、約束をきちんと守り、酒を飲まず、責任感のある男性との結婚生活は、天国にちがいない。とはいうものの、三人をすぐに安心させてやるつもりはなかった。この六年間、彼らのせいでこの世の地獄を味わってきたし、恥ずべきことかもしれないが、正直、彼らが困っているのを見るのは楽しかった。だから答える代わりに繕いものに注意を戻し、針を布地に刺してゆっくりと引き抜いた。
「メリー?」ブロディがしびれを切らして、返事をせがんだ。
「考えているの」メリーは繕いものから目も上げずにぴしゃりと言った。
「でもな、メリー、向こうはおまえを連れてくるよう言ってきているんだぞ」ガウェインが言う。
「そうだとも」父親が小声で言った。「それにおまえはもう婚期をだいぶ過ぎている」
「ああ、かなり過ぎている」ブロディが同意する。「おれたちは――」
「そうやいのやいの言われたら考えがまとまらないわ」メリーはきっぱりと言い、視線を繕いものに落としたまま、あとどのくらいじらしてから承知しようかと考えをめぐらせた。返事を長引かせれば長引かせるほど、長い時間、三人をウイスキーから遠ざけておける。彼らが今夜飲むウイスキーの量もその分少なくなるだろう。とはいえ、出発にそなえて荷物をまとめなければならない。そう思うと、ため息が出た。ときどき自分の人生が針の先でバランスをとろうとしているようなものに思える。どうやらこれまでの人生における最後の晩もいつもと変わりのないものになりそうだ。メリーは新しい人生が今より楽しいものであることを願わずにはいられなかった。