立ち読みコーナー
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登場人物紹介

エマ・グレンヴィル            ミス・グレンヴィル女学院の校長
グレイドン(グレイ)・ブラッケンリッジ  ウィクリフ公爵
トリスタン・キャロウェイ         デア子爵。グレイの友人
チャールズ・ブラントン          グレイの友人
シルヴィア・キンケイド          グレイの友人        
アリス・ボズウェル            グレイの友人          
デニス・ホーソーン            ヘイヴァリー伯爵。グレイの叔父
レジーナ・ホーソーン           ヘイヴァリー伯爵夫人
メアリー・モーグリー           ミス・グレンヴィル女学院の生徒     
ジェーン・ワイドン            ミス・グレンヴィル女学院の生徒                 
エリザベス・ニューカム          ミス・グレンヴィル女学院の生徒             
ジュリア・ポットウィン          ミス・グレンヴィル女学院の生徒     
ヘンリエッタ・ブレンデール        ミス・グレンヴィル女学院の生徒     
ジョン・ブレイクリー           事務弁護士
フレデリック(フレディ)・メイバーン   ヘイヴァリー家の領地に住む青年
ルシアン・バルフォア           キルカーン・アビー伯爵
アレクサンドラ・バルフォア        キルカーン伯爵夫人。エマの友人
シンクレア・グラフトン          アルソープ侯爵
ヴィクトリア・グラフトン         アルソープ侯爵夫人。エマの友人
フレデリカ・ブラッケンリッジ       グレイの母親
ジョージアナ               グレイの従妹
(93ページ)
 エマは彼に笑われたことにいらだって足どりをゆるめた。「あきれた。この程度のことも知らずに、うちの生徒を指導するつもりでいたなんて信じられない。ほんとうに負けを認める気はないんですか?」
 頭にくることに、公爵はまだおもしろがっていた。「前にも言ったが、ぼくはきみの指導項目を信用していないんだ」
 不意にエマは、彼に生徒を預けていいものかどうかわからなくなった。「いいですか、閣下。あなたに課せられた役割は、うちの生徒たちを立派なレディにすることです。ちょっとでもその目的からそれたら、あなたの負けと見なしますから」
「ぼくの道徳観をまったく信頼しないでくれてありがとう。だが、ルールは知ってる」
「それはよかった」だとしても、彼から目を離すつもりはないけれど。「わたしは若いレディ数人に、基本的かつ常識的な礼儀作法を教えています。あなたも一度か二度、授業を受けたほうがいいんじゃないかしら」
「検討しよう」彼は冷ややかに言った。「きみもぼくの授業を一度か二度、受けたらどうかな」
「ええ、そのつもりです」
「けっこう。個人授業をやるのもいいかもしれない」
 エマの足が止まった。彼の挑発的な口ぶりとそれが暗示するものこそ、彼女が懸念していることだった。「生徒たちにあなたの個人授業など受けさせません」
 公爵が真正面に立ったため、エマは彼を見ないわけにはいかなくなった。目の前にあるのは幅広い彼の胸だったので、エマは気づかないうちに止めていた息をふっと吐きだしてから彼の顔へと視線をあげた。
「きみの生徒の話なんかしていない」
 エマはまた、つばを飲みこんだ。「あら」この人は筋金入りの放蕩者で、あの耳をくすぐる低い声で口にするすべてがたぶんおふざけなのだから、彼が生徒やわたしの近くにいるときには、万が一に備えて、注意を怠らないようにしなくては。「個人授業もけっこうですけど、それとヘイヴァリーにいる豚の数になんの関係があるんです?」
 ウィクリフは肩をすくめた。「きみにぼくと気晴らしをする気があるかどうか確かめただけだ」
「そんな気はありません」ウィリアム・スモーリングのパン屋のショーウィンドウに目をやったエマは、ガラスのむこう側からミスター・スモーリングとミセス・テイトとミセス・ベルトランドがこちらを見ているのに気づいた。まずい。ミスター・スモーリングはおしゃべりだ。「参考までに言っておくと、わたしはあなたのような男性について徹底的に教えているんです。だから、わたしを誘惑しようとしても無駄です」
 公爵が白い歯を見せて、いたずらっぽく笑った。「それはぼくがンサムで魅力的な男という意味かい?」
 エマの脈拍があがった。「ええ、そのとおり」
「それなら、きみの顔がまた赤くなっているのはなぜかな?」
 エマはさらに頬が熱くなるのを感じた。「あなたの異常とも言える傲慢さにあきれると同時に同情して、つい顔が赤くなっているのかもしれないでしょう? だからって、わたしが尻尾を巻いて逃げるとは考えないで」
 公爵は片眉を吊りあげた。「だがぼくはきみを逃がしたくない」甘い声で言った。「それじゃ、おもしろくないからね」
 まあ。放蕩者を避ける術を教える授業を、わたし自身がもう一度受ける必要がありそうだ。それも、いますぐに。「おもしろくない? それこそ、あなたがこの賭けに負ける理由ですわ、閣下。あなたにとってこれはただのゲームにすぎない。でも、わたしにとってはもっとずっと切実な問題なんです」
 公爵の手がこちらにすっと伸びるのを見て、エマは凍りついた。ところが彼女の予想に反し、その手はエマの頬を撫でるのではなく、彼女の肩からすべり落ちそうになっていたショールを持ちあげただけだった。「それは残念」彼はつぶやいた。
 しかもわたしときたら、この悪党のほうへ身を傾けている。「もう一度言いますが、これはわたしにとって遊びではないんです」エマはひるまずにつづけた。「もっとも、あなたもこうした遊びに慣れていらっしゃるわりにはお粗末ね。わたしはあなたの誘惑にぐらつくような女ではありませんし、だいたい口説き文句も……月並みですわ」彼女はふんと鼻を鳴らすと、身をひるがえして馬車のほうへ戻りはじめた。