立ち読みコーナー
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登場人物紹介

マーガレット(メグ)・アンバリー イギリス海軍大将の娘
ケイド・バイロン         イギリス軍の元偵察将校。公爵家の次男
エイミー             メグのメイド
ルドゲイト            郷士の老人
エドワード            ケイドの兄。クライボーン公爵
ジャック             ケイドの弟。ジョン卿
ドレーク             ケイドの弟。数学者
マロリー             ケイドの妹
エズメ              ケイドの末の妹
クライボーン公爵未亡人(アヴァ) ケイドの母
マックケイブ大尉         海軍将校
アダム・グレシャム        ジャックの友人。プレイボーイ
ニアル・フェイバーシャム     ジャックの友人
カリダ              ケイドの元婚約者
エヴェレット卿          貴族
(p13)
 なんて背が高くて男らしい体をしているのだろう。身長はゆうに六フィートを超え、たくましい肩に厚い胸をしている。腕や脚には筋肉しかないようだ。それでも全体にげっそりとした印象は否めず、白いリネンのシャツと淡黄褐色のズボンがぶかぶかに見える。もしかすると最近、体重が急激に落ちたのではないだろうか。
 肌は浅黒いが血色が悪く、あざやかな深緑色の目にはうつろな光が宿っていた。短い栗色の髪は乱れ、秀でた額にゆるやかなウェーブがひと筋かかっている。意志の強さを感じさせる雄々しい顔だ。こけた頬にすっと通った鼻筋、がっしりしたあごの線。野性味と色気を感じさせる顔立ちに、唇が愛嬌を添えている。
 メグはケイドの端正な容姿に思わず息を呑み、呼吸が乱れるのを感じた。そして胸の鼓動をなだめているとき、ふとあるものが目にはいった。それは同情と困惑を同時に覚えさせるものだった。
 タイを締めていないシャツの胸もとが開き、見落としようのない傷がそこからのぞいていた。首をぐるりと取り囲んだ不気味なひものような傷痕だ。端の部分はほとんど治っているようだが、全体にまだうっすらと赤みが残っている。
 ケイドはしばらくメグの顔を見ていたが、やがてふっと目をそらし、後ろを向いて部屋を横切った。足をひきずるようなぎこちないその歩きかたを見て、メグはまたもやぎょっとした。
 ケイドは部屋の奥で立ち止まり、窓に顔を近づけると、霜で曇った窓ガラスをこすった。それでもよく見えなかったらしく、小声で悪態をついて錠をはずし、窓を勢いよく押しあげた。身を切るように冷たい風が一気に部屋に吹きこみ、窓の両脇にかかった暗緑色のベルベッドのカーテンをはためかせた。ケイドは窓から外に身を乗りだし、激しく降りしきる雪を顔や肩に受けた。
 この人、どこかおかしいんじゃないかしら? メグはマントの前を深く合わせた。彼はまるきり寒さを感じていないようだ。寒風を受けて薄いシャツの生地が震え、髪がぼさぼさに乱れている。ケイドは吹雪にもかまわず、一分近くそのままの姿勢を保っていた。そしてふいに一歩後ろに下がって上体を起こした。栗色の巻き毛に雪のかけらが光っている。
「きみの言ったとおりだ」苦々しい口調で言った。「何インチも積もっている。個人的にはこれくらいの雪なら旅を続けられると思うが、女性であれば怖気づくのも無理はない」
「まともな人間なら誰だって怖気づくに決まってるわ!」メグは思わず言い返した。そのとき強い風が部屋に吹きこみ、わずかに残っている暖気を奪おうとした。メグは震えながら小走りに窓に近づき、ケイドを押しのけるようにして窓を下ろして錠をかけた。顔を上げると、ケイドの口もとに笑みが浮かんでいるのが見えた。
「寒いのか」
 メグはうなずいた。「あなただって寒いでしょう」
「ビークスがウィスキーを持ってきてくれれば、またすぐに温まる。いいだろう、きみたちがここに泊まることを認めよう」ケイドはしぶしぶ承諾した。
「ええ、助かるわ」メグはすぐ近くに立っている彼の存在をふいに強く意識し、小さな声で言った。髪の毛についた雪が溶けるのが見えるほどの近さだ。なぜか手を伸ばして雪をはらいたい衝動に駆られたが、それをこらえた。彼の髪に触れるところを想像しただけで、胸がどきどきしてきた。
 ケイドは目をそらして不機嫌そうな声を出すと、椅子のところに戻った。「ビークスに頼んで部屋を用意してもらうといい。ただし、今夜は泊まってもいいが、吹雪がおさまったらすぐに出ていってくれ」
 メグは身震いしたが、それが寒さのせいなのかどうか、自分でもよくわからなかった。「あ――ありがとう、閣下。ご親切に感謝するわ」
 ケイドはまたもや低くうなるような声を出したが、そこにはどこかあざけるような響きが交じっていた。椅子に腰を下ろし、低いスツールに脚を乗せると、背もたれに頭をあずけて目を閉じた。
 話はこれで終わりということらしい。メグはきびすを返してドアに向かいかけたが、ふと足を止めてふりかえった。「閣下?」
 返事はない。
「ごめんなさい、閣下。まだ自己紹介がすんでなかったでしょう。あなたはわたしの名前を知ってるけど、わたしはあなたの名前を知らないわ」
 ケイドはしばらくしてまぶたを半分開けると、かまをかけるような目でちらりとメグを見た。「バイロン。ケイド・バイロンだ」
「お目にかかれて光栄です、バイロン卿」
「バイロン卿じゃない。あのろくでなしの詩人と一緒にしないでくれ。バイロンというのは名字で、ぼくはケイド卿だ。さて、ほかに訊きたいことは?」
「いいえ、いまのところは特にないわ……バイロン、ケイド・バイロン」メグは最初に名乗ったときにケイドにされたのとそっくり同じに、彼の名前をくり返してみせた。
 ケイドはメグがやり返してきたことに気づいてグリーンの瞳をわずかに輝かせたが、口もとに笑みを浮かべることはなく、ふたたび目を閉じて椅子にもたれかかった。メグは部屋を出ていった。