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白雪姫 実母に三度殺されそうになった娘
 
鏡が招いた母娘の愛憎劇
 ある国のお妃が、雪のように肌が白く、血のように頬が赤く、黒炭のように髪が黒い子どもがほしいと願っていると、まもなく望みどおりの女の子が生まれました。この子は白雪姫と名づけられました。
 このお妃は、不思議な鏡を持っていて、いつも鏡に問いかけました。
「鏡よ、鏡、
 世界で一番美しいのはだあれ?」
 すると、鏡が答えます。
「お妃様、あなたが世界で一番美しい」
 お妃はこの答えを聞いては満足していました。
 白雪姫がすくすくと美しく成長して七歳になった、ある日のことです。
 いつものようにお妃が鏡に問いかけると、鏡が突然、
「それは、白雪姫です」
 と答えたのです。
 お妃はこの答えを聞いて、真っ青になりました。
 たとえ実の娘でも、自分よりも美しいというのは、許せないことでした。
 「おとなしそうな顔をして、白雪も心のなかでは、自分のほうが美しい、と私をせせら笑っているに違いない。王様の愛情をみすみすとられてたまるものか」
 お妃は、悔しさのあまり、猟師に白雪姫を殺すように命じました。そして、殺したという証に肺と肝を持ってくるようにいいつけたのです。
 
 みなさん、お気づきでしょうか。一般的に知られている『白雪姫』のなかで「継母」とされているお妃は、グリム童話の初版では、実の母親だったのです。悪役といえば継母というイメージが強いものですが、グリム童話の初版では、残酷な実母が他にも多数登場します。けれど、改版される過程で継母に変えられています。当時から「実の親が子どもを殺そうとするとはひどい」という批判があったせいでしょう。
 しかし、当時のヨーロッパは全体的に貧しかったせいか、実際に実の親による子殺しや子捨てという「口べらし」が行なわれていたのです。
娘の美貌をわがものに
 猟師はいわれるままに、白雪姫を森の奥へ連れていって殺そうとしましたが、美しい白雪姫に泣いて命乞いされるとかわいそうになりました。そこで、お城へ戻らないと約束させて、白雪姫を逃がすと、猟師は代わりにイノシシを殺してその肺と肝を持ち帰ったのです。
 お妃は、猟師の持ち帰った血が滴る肺と肝を見ると喜んで、料理番を呼びました。
「すぐに調理にとりかかるんだよ。血を一滴もこぼさないようにね」
 料理番が肺と肝を塩ゆでにして持ってくると、お妃は我を忘れ、美しい顔がゆがむのもかまわず、かぶりつきました。そして、白雪姫への憎しみをのみくだすように、白いきれいな歯で食いちぎりながら、ひとかけも残さずぺろりとたいらげたのです。
「白雪姫の美貌はこれで私のもの……」
 こうして奇妙な食事を終えた妃の頬には、満足そうに笑みが浮かびました。
 
 一九世紀のドイツには「その人の肉を食べれば、その人の持つ特性を身につけることができる」という古い民間信仰がありました。そのため現実の社会でも、「汚れを知らない若い娘の肉を食べれば、この世でどんなことをしてもその責任を問われない」と信じて、幼い娘を殺してその肉を食べたという事件の記録も残っているのです。
 お妃も、白雪姫の美しさをねたみ、その美しさにあやかろうとしたのです。それにしても、我が子を殺して食うというすさまじさ……。
 さて、それでは森のなかにひとり残された白雪姫のその後を見てみましょう。
 
 白雪姫は、さまよい歩くうちに一軒の小さな家を見つけました。入ってみるとなかにはだれもいません。お腹の空いていた白雪姫はつい我慢できずに、パンを食べぶどう酒を飲むと、疲れと安堵からベッドに入って眠ってしまいました。
 やがて日が沈むと、山で鉱石を掘っていたこの家の七人の小人が帰ってきました。彼らは白雪姫を見つけて驚きましたが、あまりに美しい子なので、そっとしておきました。
 次の朝、白雪姫は目を覚ますと、七人の小人にわけを話して謝りました。
 小人たちは親切だったので、白雪姫が家事をすることを条件に、この家に住まわせてくれることになりました。
 一方、お妃は白雪姫がいなくなったので、今や自分が世界で一番美しいのだと思いました。そこで、鏡にいつものように尋ねました。すると、
「お妃様、ここではあなたが一番美しい。
 でも、森のなかの小人の家に住む
 白雪姫はもっと美しい」
 と、答えたのです。死んでしまったはずの白雪姫が生きていたとは!
「さては、猟師にだまされた。それなら、私が殺すしかないようだね」
 そこで、お妃は物売りのおばあさんに化け、白雪姫を殺しに行きました。一度目はきれいな飾り紐で、二度めは毒をぬった美しい櫛で殺害したつもりになりましたが、二度とも、小人たちが早く発見して、上手に対処したので、白雪姫は息を吹き返しました。
 しかし、鏡の答えからそのことを知ったお妃は、まだあきらめません。
「今度こそ、必ず殺してやるからね」
 地下室に降りると、魔術を使って半分だけ毒のあるりんごを作ったのです。そして、りんご売りのおばあさんに化け、白雪姫のもとへ向かいました。お妃は白雪姫を安心させるために、りんごを半分に割ると、おいしそうに食べてみせました。白雪姫もつい油断して、りんごをひとかけかじりました。しかし、白雪姫に渡したほうの半分に毒が含まれていたので、白雪姫はとうとう死んでしまいました。
 
 グリム童話の初版では、お妃は実の娘である白雪姫をなんと三度も殺そうとしています。一度めは、胸の膨らみをきれいにみせるために胸の下を絞る紐で、きりきりと締め上げて窒息させる、いわば圧殺。二度めは、毒をぬった櫛を頭にさす毒殺で……。
 
 浮き立つような足取りで城に戻ったお妃は、さっそく鏡に尋ねました。
「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」
「お妃様、あなたです」
 鏡は答えました。お妃はこれを聞いてすっかり安心し、満足しました。
 そのころ森の家では、白雪姫が倒れているのを見つけた小人たちが、いろいろ介抱してみましたが、今回ばかりは息を吹き返しません。七人は、白雪姫は死んでしまったと、三日間泣き暮らしました。でも、白雪姫がただ眠っているかのようにとてもきれいな顔をしていたので、小人たちはいつでも白雪姫に会えるようにガラスの棺に横たえました。
 ある日、森のなかを偶然ある国の王子が通りかかりました。王子は棺のなかの白雪姫の美しさにひかれ、
「この美しい姫を私にゆずってくれないか。きっと大切にするから」
 と、熱心に頼みました。最初は渋った小人たちも、ついには王子の熱意に負けて、白雪姫をゆずることにしたのです。
 王子は家来たちに棺を運ばせましたが、その途中で家来が木につまずき、棺が揺れました。そのとたん、白雪姫ののどにつまっていた毒のりんごが飛び出し、白雪姫は生き返ったのです。
 喜んだ王子は、これまでのことを話して聞かせ、自分のお妃になってくれるよう頼みました。こうして白雪姫は、王子の妻となるべく、城へとついていきました。
 
 ところで、おなじみの『白雪姫』は、万事めでたしのこのラストで終わっています。しかし、本来のストーリーでは、そんな生易しいことでは終わらせません。実はもう少し、後日談がつくのです。では、最後にそれを追ってみましょう。
焼けた鉄の靴を履かされるお妃
 盛大な結婚式には、白雪姫の母親であるお妃も招かれました。
 お妃は、白雪姫がまたもや息を吹き返したのを知り、驚きました。そして、今度は怖くなりました。しかし、白雪姫が本当に生き返ったのかどうか知りたくてたまらなくなり、とうとう結婚式へと出かけたのです。
 大広間に入ると、そこにいるのが、本当に白雪姫だと気がつきましたが、そのときはもう、石炭の火の上に鉄の靴が置いてあり、真っ赤に燃えていました。そして、家来がそれを火ばさみではさんで、お妃の前に持ってきました。
 お妃は、恐怖の色をたたえた瞳で、白雪姫の姿を探しました。そして王子に寄りそうように立っている白雪姫を見つけると、
「助けておくれ、かわいい、私の娘」
 しかし、白雪姫はお妃をじっと見つめたまま、幸せそうなほほ笑みを浮かべて、みじろぎひとつしません。
 驚愕で呆然としたお妃を、周りの家来たちがさらにとりおさえて、その足を焼けた鉄の靴にむりやりはめこみました。じゅうっと鉄板で肉を焼いたような音がし、お妃の足下からは煙が立ち上り……。
「ひいいいいいいいっっっっっ〜」
 耳をつんざくような絶叫が、お城の壁にこだましました。
 
 この鉄の靴は、中世のヨーロッパで頻繁に行なわれた魔女裁判で実際に用いられていた、拷問の道具です。とくに一六世紀末のスコットランド王、ジェームス六世が、この道具を用いて行なった魔女裁判は有名で、魔女だと目される女性にとって、自白以前に行なわれるこの拷問は、まさに死を意味するものでした。
 しかも、この裁判にかけられる「魔女」というのは、実際に魔術や魔法を行なっていなくても、告発があれば拷問にかけて自白を強要するという安易なもの。だからこの時代には、「美人」や「金持ち」など、人にやっかまれる条件を備えた女性が、悶絶のうちに死んでゆく姿が、後を断ちませんでした。
 ほかにも中世では、さまざまな刑が行なわれていて、当時ドイツでは、「馬車で四つ裂き」や、生きたまま火あぶりにされる「焚殺」などが執行されていました。
 
 結局、お妃は、白雪姫を殺そうとした罰として、真っ赤に焼けた上靴を履いて、地面に倒れて死ぬまで踊りつづけなければなりませんでした。
 お妃に何度も殺されかけた白雪姫は、こうして実母を処刑し、王子とともに末長く幸せに暮らしました。